社員インタビュー

抱き続けた“密かな情熱”が新たな発見の扉を開く

2017年5月22日、千葉県の幕張メッセで開催された「JpGU-AGU Joint Meeting 2017」で、テクノプロ・R&D社仙台支店の工藤 賢太郎さんがパネル発表を行いました。編集部は今回、学会開催中の工藤さんを訪ね、発表の合間をぬってインタビューに応じていただきました。JpGU(Japan Geoscience Union:日本地球惑星科学連合)は日本国内の地球科学や惑星科学に関する約50の学会等が加盟する連合組織で、日本気象学会や日本地震学会など5,000人規模の会員を抱える学会も加盟しています。今回の「JpGU-AGU JointMeeting 2017」は、JpGUとアメリカ地球物理学連合(AGU)が初めて共同主催する大会として5月20日から25日まで6日間にわたり幕張メッセで開催。初の共同主催大会ということもあり、主催者発表によると50の国と地域から8,148人の研究者が集まり、253のセッションと5,562の論文発表が行われ、まさに世界中の地球科学や惑星科学の研究者が注目する大会となりました。今回、工藤さんは特定の学会の会員としてではなく一般投稿の形でパネル発表へ申し込み、審査の結果見事採択されて発表を行いました。

神社で見た“さざれ石”が抱き続けた課題解決の突破口に

― 今回の学会発表は隕石に関するものだそうですね。どういった経緯で発表に至ったのでしょうか?

工藤 私は、岩手大学工学部(現:理工学部)から東北大学大学院理学研究科に進みました。進学した理由は、学部卒業時に隕石に関する研究をしたかったからなのですが、高校・大学と地学を履修していなかったこともあり、想いはかないませんでした。そこで、新たに大学院の修士課程から研究テーマに隕石を設定することにしたんです。ある時、研究室の担当教授が、引き出しに無造作に入れていた月隕石や火星隕石など大小さまざまな手持ち隕石の中から『工藤君、これ分析してみたら?』と一つの隕石を手渡してくれたんです。それが今回の発表の端緒となる“マーチソン隕石”との出会いで、それから約15年間の時を経て今回の発表にたどり着きました。
ひとつお断りしておくと、単にタイミングを逸して発表が今になったという訳ではないんです。分析やデータ収集はすべて終わっていましたし、これまでに報告されていない『新物質』を特定できていたのですが、その『新物質』の成因モデルが構築できない状況で、あと一歩のところで発表にこぎつけることができず、ずっとモヤモヤと悩ましい気持ちで過ごしているうちに、その解を見つけられないまま時が過ぎてしまったのです。私は、東日本大震災が起こった2011年4月にテクノプロ・R&D社に入社して今年で7年目を迎え、これまでいくつかのお客様先で仕事をさせていただきました。この間、隕石の研究を続けていた訳でもなく、隕石のことが頭から離れなかった訳でもないのですが、この7年の間に私を悩ませていたモヤモヤが晴れるきっかけをたまたま見つける事ができたんです。なんと、直接的には全く関連のない2つの事柄から解が導き出されたのです。

 

その一つは、2012年から2013年にかけて1年半ほど京都で仕事をしていたときに訪ねた神社で目にした“さざれ石でした。日本の国歌『君が代』にも出てくるあの“さざれ石”です。その石を見た時にひらめきました。「あっ、自分が見つけた新物質とすごくよく似ているぞ!!」と。2つ目のきっかけは昨年の12月、現在の配属先で金属鉱石を濃縮し回収するための浮選試験を行っている時に、「小さな微粒子はクーロン力の作用で粒子同士が凝集しやすく塊状になりやすい」というフレーズを聞いて、またもや「あっ!」と気付いたのです。「これは、もしかしたら大学院でマーチソン隕石から見つけた『新物質』の成因モデルにそのまま使えるんじゃないの?自分の持っているデータと整合性もありそうだし、ついにモヤモヤが解消できるんじゃないかっ!?」永い時を超えた課題解決に気持ちも昂ぶり、「よし、こうなったら学会で発表してしまおう!」と考え、今年の1月からデータ整理、図表作成、ポスター制作など発表の準備に取り掛かり今日を迎えました。
もちろん、自分で勝手に学会発表しようと決意したところで採択されなければ発表できないことは分かっていましたが、今回の研究成果には公知例もありませんでしたので採択される自信はありました。学生時代に学会発表をすることは当然貴重な経験になりますが、今回の発表では、学生時代に培ったベースに社会人になって自由度の増した柔軟な思考力や想像力が加わったことで、学生時代よりも強固かつ具体的な説明ができたと思いますので、私にとっては今回の発表が最適のタイミングだったと思っています。

― それでは、その発表について概要を教えていただけますか。

工藤 発表内容は、『太陽系惑星物質/Carbonate stardust from the Murchison meteorite』というものです。

なるべく専門用語は使わずに、分かりやすく研究内容をご説明します。  
結論から言ってしまうと、『太陽由来の物質(=太陽石)』という新物質を発見したのです。しかも、これは世界にも前例がないことなんです。この新物質は隕石中にわずかに10粒だけ存在していて、大きさ は20㎛(マイクロメートル)程度、髪の毛の太さの約5分の1ほどです。鉱物微粒子が団塊として存在しており、主成分は炭酸塩なのですが部分的にケイ酸塩が混じっているユニークな形態であるという特徴があります。地球上の岩石ですと ― そう、まさに神社に祀られている“さざれ石”とまったく同じなんですよ(笑)。この太陽石の成因を探るため、最新鋭の二次イオン質量分析装置(NanoSIMS)を用い、酸素同位体組成や微量元素・希土類元素濃度を測定しました。
その結果、この物質は奇跡的に原始太陽 ― つまり恒星の“卵”です ― の化学組成を保持していることが判明しました。この原始太陽というのは、ガスと塵だけしか存在しない分子雲から形成されたと考えられていますので、恒星である太陽が誕生した当時の分子雲の様々な情報を記録しているということになります。つまり、この新物質は分子雲の星雲ガスから炭酸塩質やケイ酸塩質の微粒子として一旦凝縮し、それらが集積して団塊となったというストーリーです。言い換えると、「太陽系最古の固体物質」 です。

 …分かりやすかったでしょうか?(笑)

ミステリー小説顔負けの推理で試料に秘められた謎を明らかに

― 隕石の研究はどのような形で進めるのですか?

工藤 宇宙の研究手法は大きく『観測』『実験』『理論』『分析』の4つに分けられます。
私の研究はその中でも『分析』に該当し、天然の試料である隕石や宇宙塵を用いて、そこに含まれている鉱物や有機物を研究対象とします。私の試料は46億年前のはるか昔、まだ地球や火星が誕生する前の原始太陽系でつくられた“石ころ”なのですが、当時のままの状態で今も姿を変えずに残っているんです。別の言い方をすると、「どうやって星が誕生したのか?」、あるいは「どのようなプロセスを経て星は進化してきたのか?」といったことが記録されているということなんです。

これまで宇宙の研究は物理学を中心に発展してきた背景がありますが、こういった天然試料を用いた物質科学的な研究をすることによって、化学の視点から宇宙の研究を行うことも可能なのです。実際に隕石の研究をしてみると、これがまた、すごく面白いんです。天文学は天体観測やシミュレーションなどを通して理論構築していく学問ですが、それに対して隕石の研究は、実際に現物を手に取って分析しながら過去の研究成果と照らし合わせて起源や成因を考えていくというもので、「分析×推測×実証」の繰り返しです。例えるなら、極端にヒントが少なく断片的な情報しか与えられない状態から真犯人を割り出していくミステリー小説のような感覚、とでもいうのでしょうか。特に私の場合は「時効が成立した事件の犯人をいまだに執念だけで追い続けている老刑事」みたいなものです(笑)。考えてみると、隕石中に含まれるこんな小さな微粒子(ミクロ・スケール)から、巨大な天体(マクロ・スケール)の成因を論じるなんて、なんだか変な感じですよね(笑)。このスケール・ギャップが、他の学際領域にはない、隕石研究の醍醐味ではないかという気がします。よく「美は細部に宿る」と言われますが、それを地で行く研究分野ですね。大学院の修士・博士課程を通して収集したマーチソン隕石の研究・分析データを、ひょんなきっかけから完成形にすることができて、学会発表にまでこぎつけられた訳ですが、今回発表した内容は早いタイミングで論文にまとめ上げる予定です。

 

培ってきた『技術力』を武器にR&D 社で異分野にチャレンジ

― 2011年のテクノプロ・R&D社への入社に至った過程を教えてください。

工藤 博士論文の編纂が終わって今後の進路をあれこれ模索していた頃、ポスドクや海外大学への留学などアカデミアに残る道、社会に出て企業などで研究に携わる道、または私が師事する教授が経営する学内ベンチャー企業で働く道など、いろいろと考えていた時に、偶然テクノプロ・R&D社との出会いがありました。ある日、科学雑誌『Nature』のWebサイトを見ていたら、テクノプロ・R&D社の広告が出ていたんです。決して就職に焦っていた訳ではなかったので、就職先という意識ではなく、ただなんとなくクリックしてみましたが、それが今に至る第一歩だったんです。本当にたまたまですね。その後の採用面接で、テクノプロ・R&D社には私の専門領域である地球科学系の業務はそれほどプロジェクトが多くないことが分かりましたが、その一方で、主要な分析機器を長く扱ってきた自分の技術力を活かすことはできそうだ、と感じました。「社会の荒波にもまれてみたい」という気持ちに加えて「異分野では一体どんな研究をしているんだろう?」という興味も手伝い、その時に触れたテクノプロ・R&D社の可能性にグッと惹きつけ られたのでしょうね。

異なる経験や価値観によってこそ新たなブレークスルーが生まれる

― 若手技術者や研究者に向けてメッセージをお願いします。

工藤 テクノプロ・R&D社で仕事をしていて感じることがあるんです。お客様が求める経験やスキルの条件というものは、結局はその企業で働いた経験のある技術者でないとなかなかクリアできないもので、派遣技術者の場合、配属当初は真の意味で即戦力になれない可能性があることが前提になると思います。その上で、多少要望とは違っても近い技術領域の経験・知識や機器操作能力を持った技術者が配属になることが多いのではないかと思いますが、実はそこにこそ、企業が派遣技術者を使う大きな理由が隠れているのではないでしょうか。

仕事をする上で、「広い視野で物事を見ろ」とか「ゼロベースで考えろ」というふうに言われることがよくありますが、これってなかなかできないんですよ。みずからの経験や理論からはみ出したことはそもそも思いつきませんし、一つの企業の中では同じような経験をした人が集まって、同じような思考回路で課題を解決しようとするからなおさらです。でもそこに、まったく他分野の経験を持った私たちのような人間が外部から参加することで新たな切り口が生まれてブレークスルーを迎える、なんてこともあるんです。 配属先企業の仕事の進め方、企業文化や慣習などを尊重することを忘れてはいけませんが、ジャンルの違う経験値を持つ者同士の出会いが固定概念を変えていくのは間違いありません。お客様だけでなく私たち自身にとっても、学生から社会人になり、さまざまな職場の多くの人たちの多様な価値観から刺激を受けることで考え方にも変化が生まれ、徐々に柔軟な発想ができるようになり、その結果、自分自身の成長につながるのだと思います。そういった意味では、同じ時間を過ごすのであれば職場が変わることはチャンスだという捉え方もできるのではないでしょうか。

― 最後に、プライベートでの趣味などがあれば教えてください。

工藤 美術館にはよく行きます。地方在住ですが、東京で大規模な回顧展などがあれば遠くても行ってしまいますね。また、私は青森県出身ですし、学生時代はずっと東北地方でしたから、それまで西日本にはほとんど縁がありませんでした。趣味という訳でもないのですが、京都支店の配属先で仕事をした時に、「それじゃあ…」と思い立って京都・奈良・滋賀の神社仏閣を可能な限り回ってみようと思い、土日・祝日を利用してあちこち訪ね歩きました。京都で仕事をしたのは1年半でしたが、1日に3~4件の神社仏閣を回る『神社とお寺のハシゴ』を経験しました(笑)。  
何よりも、そうやって神社やお寺を巡る中で先ほどご説明した“さざれ石”に出会い、深い霧から抜け出るきっかけをつかめたことは生涯、忘れられない思い出です。  
今になって振り返ると、大学院で中途半端になってしまっていた隕石の研究が頭の片隅から離れず、いつも何かヒントを探し続ける“密かな情熱”を持った自分がいて、そんな自分をテクノプロ・R&D社が京都という土地に 導いてくれたのかもしれない ― なんてドラマチックなことを考えたくなる出会いでした。

(2017.07.26)

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