対談

【日経サイエンス掲載】日本の働き方を変えていく~研究者が輝く社会を目指して~

日経サイエンス2017年4月号に株式会社iPSポータル 村山昇作社長と株式会社テクノプロ代表取締役社長 西尾保示の対談記事を掲載いたしました。

日本経済を復活させるには新たな企業の創出が不可欠

ips

西尾 いま、日本の産業は大きな転換期を迎え、人々の「働き方」も様変わりしようとしています。今日は、iPS細胞を用いた創薬・再生医療の分野で、ベンチャー企業を立ち上げられた村山社長とともに、これからの研究者像を探ってみたいと思います。

村山 私は30年間、日本銀行で働いていましたが、そこで実感したのは金融政策の限界です。日本がデフレから脱却するために、何より重要なことは「お金を借りても投資したい」と思える現実を生み出すことなのです。逆にいえば、日本の産業に、魅力的な新しい分野が出てこないかぎり、この問題は解決しない。私が、iPSポータルを立ち上げたときは、まさにそういう気持ちでした。人類は、iPS細胞という新しい技術を手にし、日本発技術としてノーベル賞ももらっている。この分野で日本が世界をリードしなくてどうするのか。設備投資資金が出てこなくてどこでやるのか。

西尾 確かに、日本経済は長年にわたる金融緩和と景気対策にもかかわらず、低迷状態を脱していません。企業が投資したいと思えるフロンティアが必要なんですね。
村山 実はiPSポータルの事業は、我々が投資するというより仲介役です。2016年2月に「血液由来特定研究用具製造事業」の国内初の国家戦略特別地域事業者として認定を受け、患者の採血液から樹立された疾患iPS細胞群、大学との共同研究等で生まれた新しい分化誘導法、新たに生み出された測定機器・培地・試薬を組み合わせて、iPSテクノロジーを活用した新しい「創薬プラットフォーム」を提供しています。そしてこのプラットフォームが創薬にとどまらず、幅広い産業の基盤となることを目指しています。

西尾 iPS技術の事業化のソリューションを提供することで、オールジャパンとしてiPS技術を一大産業へと育てたいというわけですね。こうした従来の企業にない戦略は、テクノプロとも相通じるものがあります。テクノプロの事業は、研究者・技術者に特化した人材サービス事業です。一般的な人材派遣事業とは異なり、原則的には研究者・技術者を当社の正社員として雇用して、契約先企業で開発に当たってもらうという「派遣」の形態と、当社の開発センターなどで技術開発を一括して請け負い、開発の成果物を納品するという「受託請負」の形態という2つの事業が中心になっています。

求められる人材を求める産業へ 人材流動化をサポート

村山 いま「派遣」というとイメージがあまりよくないですが、よい意味での人材の「流動化」は日本が抱えている大きな課題の1つですね。
西尾 そのとおりです。私は、社長になったとき、企業には社会的な存在意義がないといけないと考えました。 先の金融危機では、電気、半導体、部品メーカーから毎月たくさんの派遣技術者が戻ってきました。そういう人たちを、人材を求めている産業に動かしていく。それが私たちの最大の使命だということに気がつきました。

村山 技術者を余剰になった企業から引き上げ、求められている企業へと再配分する。日本全体を日本株式会社と考えれば人事部の仕事。 民間でやるというのが非常にいいですね。
西尾 私は、日ごろから「技術、研究職についてはハローワークはいりません」といっています。適切な教育研修を提供することで、研究者・技術者を次に配属できる。さらにはお客様から喜んでもらえる。そんなインセンティブが働くことが、民間の強みといえるでしょう。

村山 iPS細胞研究のようなバイオ領域の研究者を見ると、人件費も競争的資金が当てられていることが多く、有期雇用なので長くても5年で切られてしまいます。3年目ぐらいには次を考えなければならないので、落ち着いて仕事ができないという問題もあるようです。
西尾 プロジェクトベースだけで採用するのではなく、テクノプロのように身分を安定させた上で、期間を区切ってプロジェクトベースの仕事に配属していくというスタイルが向いていると思っています。

村山 いまどれくらいの社員の方がいらっしゃるのですか。
西尾 グループ全体で13,515人(2016年12月末現在)が働いています。その中でバイオ・化学部門を担当するテクノプロ・R&D社は850名ほどです。

村山 学生からの反応はどうですか。
西尾 残念ながら、研究者・技術者の派遣に対する認知度は、まだ高くありません。当社の採用の過程でも、親御さんが「派遣」という言葉を聞いただけで難色を示すケースも少なくありません。派遣イコール非正規、と思われがちですが、弊社の研究者は正社員。正社員モデルの人材サービスが一般に考えられている派遣業とは、まったく異なったビジネスモデルであるということを知って頂きたい。

村山 新しい名前をつくらないと(笑)
西尾 それがなかなかうまくいかなくて。規制されている法律が「労働者派遣法」なのでそこから逃げられない。でも、実際のところがよく分かってもらえれば、という気持ちは強いです。例えば、ポスドクといわれる若い研究者を採用する場合、どんな仕事をしたいかなど丁寧にヒアリングして派遣します。派遣先でスキルを磨き、やがて大学に正規で採用されたり、企業から求められる人も出てきている。もちろん、そんな働き方をしてもいい――なんて大声でいいますとスタッフから怒られますが(笑)

安定した正規社員のままグローバルなスキルを身につける

村山 テクノプロで働く技術者、研究者の評価はどう行っているのですか。
西尾 正しい評価を行う手法の開発にも取り組んでいます。例えば、機電設計の分野では、「エンジニアプリズム」という社内システムを作り上げました。これは経験、年齢、スキルなどをもとに、社員一人ひとりの市場価値を算出するものです。そこには「どのような研修を受けたら、他の産業に移ることができるのか」といった評価もあります。社員を正しく評価するとともに、会社の収益性を高めることにもつながります。

村山 なるほど。そういうことは政府ができない。政府がやれば社会主義になってしまいますからね。教育研修はどうですか。 123
西尾 iPSポータル様にもiPS細胞培養研修でお世話になっておりますが、現在、グループ全体では各種研修プログラムの受講人数は年間延べ4万人となっています。社員1万人が対象とすれば、1年間に4回の研修を続けているということになります。担当プロジェクトが終了したスタンバイの期間をうまく利用して、常にスキルアップできるようなプログラムが組まれています。
村山 社員のスキルアップが会社発展の原動力というわけですね。そうだ。さきほどの名前の問題ですが、人材派遣業ではなく「正規社員派遣業」としたらよいのではないでしょうか。今後は、私たち、iPSポータルともぜひおつきあいしていただきたいと思います。私たちが、いまやっている仕事の9割は新しい仕事。やってみないと需要があるかどうか分からないが、常に未知のものへの挑戦が必要なんです。そのとき研究のパートナーとなる存在はありがたい。
西尾 様々なニーズに応えていくために、いま受託研究のためのリサーチセンターを拡充しています。従来の神戸、埼玉に加えて、柏、米子にリサーチセンターを開設いたしました。バイオ、化学の研究者は4割が女性です。妊娠、出産、子育てのためにこれまでは派遣を終了していたケースも多かったのですが、リサーチセンターがあれば安定して働くこともできます。

村山 テクノプロの社員として雇用が安定している状態で、様々な企業の多様なプロジェクトに参加するのは、日本の産業界の発展にとってもいいといえますね。優秀な人材が1つの企業に固定されている状態はよくないといえます。いま、日本の社会は大きく変わろうとしています。企業名で就職先を選ぶより、目標とする仕事のプロであることを目指すべきだと思います。大切なことは働き方のバリエーションがあることではないでしょうか。
西尾 私たちの研究者・技術者派遣も、いろいろなことにチャレンジしたいという人は向いていると思います。日々の業務の中でしっかりとしたスキルを身につければ、夢も叶うと信じています。

 

2017.04日経サイエンスP88,89掲載紙面はこちら(PDFで開きます)

(2017.02.28)

合わせて読みたい

対談 一覧へ