中田喜文の「エンジニア。データからはこう見える!」
Vol.19 森と湖の国、フィンランドの技術者の高い労働生産性 「フィンランドの技術者はどんな働き方をしているの?」
2022.10.26
皆さん、こんにちは。同志社大学STEM人材研究センターの中田喜文です。
ここ暫く、アメリカ、中国と連載を続けてきましたが、今月からはヨーロッパの各国の技術者について、お話しします。最初に取り上げるのはフィンランドです。
皆さんは、フィンランドと言うと先ず何を連想されますか。寒い国、北極圏の国、あるいは森の国。その通りです。でも夏のフィンランドを訪れると、皆さんは湖の多さに驚かれるでしょう。もちろん、冬でも湖はあるのですが、当然湖は氷てつき、見渡す限り雪と氷の世界ですから、陸地と湖の区別がつかず、皆さんは湖の存在に気付かないでしょう。
国土面積は、日本より少し小さい位ですが、人口は553万人ですので日本の4.5%程ということになります。世界幸福報告書で5年連続1位に選ばれる国の様子を覗いてみたいと思います。
さて、そのような国フィンランドの技術者達は、どのように働いているのでしょう。同志社大学STEM人材研究センターでは、ここ数年、技術者の生産性や創造性を研究のテーマのひとつとして、各国の労働生産性を分析しています。いろいろな国の労働生産性指標やデータを探査し、それらを使って国際比較をしたり、生産性の経年変化率を計算したりして、生産性の差異の原因を探ろうとしているのですが、技術者に限定した国際比較が可能な生産性指標(データ)として適切なものがなかなか見つかりません。それでも、技術者の労働生産性に限りなく近い指標として、情報サービス産業の付加価値をその産業で働く就労者の総労働時間で割った、時間当たり付加価値額データにたどり着きました。情報サービス産業では、就労者の7割がエンジニアです。※
また、情報サービス産業における資本装備率は、他産業と比べて低く、物的資本の付加価値創出度が低いため、生み出された付加価値のほとんどが労働力の成果とみなせます。以上の理由から、情報サービス産業の労働生産性から、ソフトウェア技術者の生産性を近似し、国際比較を行ったり、近年の変化を見たりしています。その中で、フィンランドの情報サービス産業の労働生産性は、日本あるいはドイツとは大きく異なる動きをしていることがわかりました。図1をご覧ください。
フィンランドの情報サービス産業の労働生産性は、2000年から比較なデータが存在する2018年までの18年間、上昇を続け、2018年には、2000年の水準と比べ約2倍にまで高まりました。他方、日本の情報サービス産業の労働生産性は、この間、ほとんど上昇していません。また、ドイツの情報サービス産業労働生産性は、2010年までは、ほとんど上昇せず、その後3年間に大きく上昇し、2014年以降は再度停滞し、2017年までの労働生産性増加率は50%です。
残念ながらSTEM人材研究センターの調査は途上で、まだ皆さんになぜフィンランドの技術者は、着実に毎年生産性を上昇させることが出来たのか、その理由をご説明できません。しかし、今日は皆さんと一緒にそのヒントと思われる点について、考えてみたいと思います。
我々は、今回の調査に先立ち、2012年から2014年に、日本、ドイツ、そしてフィンランドの技術者の働き方についてアンケート調査を行い、収集されたデータを分析しました。その結果、仕事や働き方、そして職場環境に関する様々な要因の中で、ドイツや日本と比べ、フィンランドの技術者達の満足度が、突出して高いものを発見しました。さて、それは何だと思いますか。
そこで今月の質問です。
フィンランドの技術者は、彼らが働く職場、労働条件、そして仕事に関する以下の4つの要因の中で、満足度が最も高いのはどれでしょう。
①労働時間
②給与
③職場の人間関係
④仕事の内容
皆さんは、いかがですか。これら4要因の中では、どの要因に対する満足度が高いですか。
では、早速正解を発表します。答えは①の労働時間です。これら4つの要因に対する満足度を、5段階で評価した選択肢を示してフィンランドの技術者に選択を求めたところ、労働時間に対し最も高い評価 ’Highly Satisfied’ を選択した割合は、男性・女性、ソフトウェア技術者かその他の技術者かの如何にかかわらず、40%を超え、4つの選択肢の中で最高率でした。また、この率は、3か国の中で最も高い割合でした。
図2をご覧ください。
この図は、2013年から2016年にかけて、日本、中国、フランス、ドイツそしてファインランドのソフトウェア技術者の月当たりの残業時間を調査した結果を示しています。掲載していませんが、女性の結果もほぼ同様です。一番色の薄い部分に注目してください。この割合は、まったく残業をしていない技術者の割合を示しています。最もこの割合が高いのがフィンランドです。43.4%と、4割以上の技術者は全く残業をしていません。月の残業時間が20時間以内の割合では、93%です。残業をしないことが基本となっている国で、残業をする場合でも1日の残業は1時間を超えない働き方です。そして、その対極が日本です。残業0時間の技術者は、30人中でたったの1人で、3割以上の技術者が一日2時間以上の残業をしています。このように、フィンランドの技術者の労働時間に対する満足度が高い背景には、残業の無い働き方があるようです。
最も残業をしないフィンランドの技術者の労働生産性が高く、最も残業の長い日本の技術者の労働生産性が低いのはなぜでしょう?フィンランドの現地調査は来年春から3年をかけて行う予定ですが、出来るだけ早く皆さんにご報告したいと思っています。
同志社大学STEM人材研究センターの目的の一つが、「科学技術の領域で活躍する方々がより創造的に活躍できるための環境と施策の構築に資する」研究を行うことです。日本の科学技術発展のためにも、多くの技術者が適材適所で活躍できる環境作りに寄与できる研究を行っていきたいと思います。