同志社大学STEM人材研究センターの中田喜文です。
本コラムでは、日々技術者について研究を進める中で出会った色々な数字を、毎月1回程度ご紹介しています。
このコラムを読まれる皆さんの中には、在宅で働かれている方も多いと思います。在宅を始めてみると、大切な時間の多くを通勤に使っていたことを改めて認識し、“もう通勤はごめんだ”、と巣籠マインドに転換された方もおられるでしょう。
確かに家事との両立をうまくこなせれば、在宅勤務で、自由になる時間が増えた方も多いのではないでしょうか。
そのように上手にタイムマネジメントをなさっている皆さんは、その増えた時間、どのように使われていますか。
Vol.9「貴方の技術力、自信をお持ちですか?」では、皆さんの技術力に対する自信の有無や程度がテーマでした。その中で、技術力に対する自信の根源のひとつに「しっかりした学びの時間」があることもお話しました。これまでは、その学びの時間の1つの形が、アフター5の自己啓発だったと思います。在宅勤務で仕事をすることが多くなった方にとっては、アフター5以外の自己啓発時間も増えたのではないでしょうか。
今月の問題は、自信の源のひとつであるこの自己啓発時間というテーマから出題です。
以下の5か国を較べて、技術者の自己啓発時間が最も長いのは、どの国でしょう?
1. 日本
2. 中国
3. アメリカ
4. フランス
5. ドイツ
Vol.9では、日本においては、男性か女性か、技術分野がソフトウェアかハードウェアか、キャリアのどのステージかによって、技術力に対する自信や自己啓発時間が違うことをご紹介しました。
今回は対象者を限定します。男性のソフトウェア技術者、キャリアステージは中堅、つまり35歳~44歳が対象です。
Vol.9でご紹介した通り、このグループは、日本の技術者の中で、最も自分自身の技術力に自信を持つ方々ですので、この技術者グループについて、世界の技術者と学びの状況を比較してみよう、と言うわけです。対象者の技術力やキャリア特性を考えると、他国においてもこのグループが日本と同様、自分の技術力に最も自信を持つグループである可能性が高いと思われます。
そこで、先ず技術力に対する自信の高さを5か国で比較してみました。
表1は、①第一人者として通用する、②社外でも十分通用する、③ある程度通用する、④通用するか不安がある、の4段階技術評価のうちどれが自分自身に該当するかを選んでもらった結果です。
表1:自分の技術力に対する自己評価(%割合)
:ソフトウェア技術者(男性・35歳~44歳)
自分自身の技術力について極めて高く評価する「①第一人者として通用する」と回答した割合は、5か国のうち最も高いフランスの29.4%に対し、中国では0%でした。自信レベルが少し低い「②社外でも十分通用する」を含めると、アメリカが高くなり、低いのは、中国、日本です。では、この情報をヒントにし、各国の雇用慣行や転職の状況なども考えながら、改めて今月のクイズに挑戦してみてください。
以下の5か国を較べて、技術者の自己啓発時間が最も長いのは、どの国でしょう?
1. 日本
2. 中国
3. アメリカ
4. フランス
5. ドイツ
表2をご覧ください。
表2:1週間当たりの自己啓発時間の分布(%割合)
:ソフトウェア技術者(男性・35歳~44歳)
10時間未満 |
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35歳~44歳の男性ソフトウェア技術者の1週間当たりの自己啓発時間の各国の分布を示しています。中国では、新たな技術や知識習得のために週当たり10時間以上使う技術者の割合は、なんと44.4%と5か国の中ではずば抜けて高率です。
次に高いのはアメリカの26.3%です。他の年齢層について同様な割合を比較しましたが、結果は変わりませんでした。どの年齢層でも、ソフトウェア技術者の自己啓発時間の長さは、中国が最も高率でした。
というわけで今月の問題の正解は、中国です。
如何でしたか。正解できましたか?
ところで、なぜ中国のソフトウェア技術者の学習意欲がこんなに高いのでしょうか。表1を思い出してください。もっとも自分の技術力に対する自信が低かったのは、中国のソフトウェア技術者でしたね。すると、自信の無さが学びに駆り立てるのでしょうか。そうだとすると、最も自信の有る技術者が多いアメリカが中国の次に学びの意欲が高いという説明がつきませんね。
中国とアメリカのソフトウェア技術者がおかれる環境の共通する点を探ってみたいと思います。
一つは、転職率の高さです。より良い転職のために新たな技術や知識を学ぶことが、この数字に表れているのは間違いないと思います。それだけ転職が一般化していて、ジョブホッピングのチャンスも多いと言えるかも知れません。
両国にはもう一つの共通点があります。それは情報技術の開発のスピードの速さです。科学技術・学術政策研究所から発表された「科学技術指標2020」によると、計算機・数学分野の学術論文数では、中国とアメリカが世界シェアの1位、2位で、トップを争っています。
両国における激しい競争環境がソフトウェア技術者の学びの熱意の高さにつながり、情報技術分野の進歩のエネルギーとなって、その結果、世界の情報技術の進歩をけん引しているのではないでしょうか。
翻って、日本は如何でしょうか。日本の伝統的な雇用慣行が競争環境とは縁遠く、そのため、多くの技術者にとって、積極的な自己啓発への動機づけが少ないと言えるかも知れません。
しかし、一方でグローバル化は進み、働き方もどんどん変わって行きます。世界に遅れをとらないためにも、在宅勤務によって生まれた時間をぜひ自己啓発にあててみてはいかがでしょう。きっと今よりももっと自分の技術力に自信を持てるのではないでしょうか。
同志社大学STEM人材研究センターの目的の一つが、「科学技術の領域で活躍する方々がより創造的に活躍できるための環境と施策の構築に資する」研究を行うことです。日本の科学技術発展のためにも、多くの技術者が適材適所で活躍できる環境作りに寄与できる研究を行っていきたいと思います。