同志社大学STEM人材研究センターの中田喜文です。
本コラムでは、日々技術者について研究を進める中で出会った色々な数字を、毎月1回程度ご紹介しています。
さて、今回も唐突な質問ですが、貴方は会社に対しどんな気持ちを持っていますか?以下の4つの選択肢の中で貴方の気持ちに一番近いのはどれですか?
1.会社発展のため自分の最善を尽くしたい
2.給料などの労働条件やキャリアの見通しなどに応じて会社に貢献したい
3.雇われている以上、それなりに働くつもりだ
4.会社に対し特に何も考えていない
この4択質問は、社会調査で働く人の愛社心の指標作成によく使われます。もちろん、1を選択する人の愛社心が一番高く、2、3と下がり、4を選択する人の愛社心が最も低いと評価されます。なんだか今月は昭和なテーマだな?とお感じですか。そうです、私は昭和世代、それも折り紙付きです。私が生まれたのは1955年、日本の高度経済成長元年の年です。そして昭和が終わる前年の1988年に一世を風靡したのが、『24時間戦えますか』という、愛社心にあふれる「企業戦士」のための栄養ドリンクのCMでした。その意味で愛社心は、戦後昭和期の日本企業とビジネスマンの代名詞と言えるでしょう。で、なんで今「愛社心」?と思いますよね。その答えは少し後回しにして、もう少しこの愛社心調査にお付き合いください。
さて、令和の今、日本の技術者の皆さんは、会社に対しどんな気持ちを抱いていると思いますか。
これが今月のクイズです。『1.会社発展のため自分の最善を尽くしたい』を選択する技術者の割合は以下のどれが一番近いでしょうか。
A 0%
B 25%
C 50%
D 75%
E 100%
毎回クイズにはヒントを差し上げていますので、今回もヒントです。2013年から2014年にかけて、ドイツとフィンランドの技術者に対し、仕事や会社に対する意識調査を行いました。その時に、上記愛社心の質問を含めましたので、その結果をお教えしましょう。両国の結果は、表1の通りです。
表1:「会社発展のため自分の最善を尽くしたい」技術者割合
如何ですか。これらの数値、皆さんが予想したよりも高いのではないでしょうか。ドイツの技術者は、男性か女性か、あるいはハードウェアかソフトウェアとは無関係に、約6割の技術者が強い愛社心を表明しています。また、ドイツよりは低いものの、フィンランドでも男性技術者では、約4割、女性でも2割から3割の水準です。では、これらの国の技術者と比べ、日本の技術者の愛社心は、より高いのでしょうか、低いのでしょうか。
今月クイズの答えを見つけるには以下の2つの表が参考になります。先ず表2Aは、日本の大手自動車企業とそのグループ企業に働く技術者を対象に行った調査結果です。冒頭の4択質問に対して1を選択した方の割合を%で表記しています。先ず男性については、ハードウェア技術者で28.1%、ソフトウェア技術者では12.9%とハードウェア技術者の半分程度でした。ただし、12.9%と言う数値は、サンプル数が31と少ないため参考情報として( )内表記にしてあります。女性については、ソフトウェア技術者のサンプル数が0で、割合の推定が出来ませんでしたが、ハードウェア技術者については33.3%でした。
表2A 「会社発展のため自分の善を尽くしたい」技術者割合
:日本の自動車A社グループの技術者
次の表2Bは、電機産業の大手、中堅企業がほぼ網羅される電機連合加盟組合企業の場合です。こちらはより最近の2015年末の調査に基づく割合です。自動車A企業グループの結果と比べると、性別や技術者のタイプ別の差が少なく、どれも25%前後の割合になっています。以上の結果を総合すると技術者の中で、愛社心の強い方の割合は、ハードウェア技術者については、25%~33%、ソフトウェア技術者では少し低く、13%~25%と推察できます。
表2B 「会社発展のため自分の善を尽くしたい」技術者割合
:電機連合加盟組合企業の技術者
以上から、今月のクイズである日本の技術者の中で愛社心の強い方の割合に一番近い答えは、B 25% となります。
皆さん、正解されましたか。私は、ドイツ、フィンランドの技術者を調査し、両国の割合を知っていましたので、これらの推計結果を見た時の感想は、「日本は低いな、もう少し高くても良いのに。」と感じました。「もう少し高くても良い」との思いは、昭和に対する感傷が影響している面もあるでしょう。しかし、もう一つの理由は、愛社心の高さを規定する重要な要因が、“仕事やりがい感”であることです。
表2Bと同じ2015年の電機連合加盟組合企業の技術者調査から、技術者の愛社心と企業の様々な特性との間の相関関係を分析しました。特に注目したのは、企業が技術者の定着を高めるために提供する様々な誘因との相関です。なぜなら、それらの誘因は、愛社心を上げる効果を持つのでは、と考えたからです。具体的には、「仕事上の裁量」、「能力開発の機会」、「報酬・地位などの処遇」、さらには「経営理念」です。実際、これら4つの誘因はすべて愛社心の高さと正の相関性を示しました。つまり、より大きな裁量を与えたり、新しい技術習得の機会を提供したりすることで、愛社心は高まるようです。同様に、より高い報酬や共感できる企業理念も愛社心を高める可能性を示しました。しかし、これら4つの誘因よりもさらに強い相関性を示したのは、「やりがいのある仕事」でした。技術者がやりがいのある仕事に出会えると、そのような機会を与えてくれた企業に対し、愛社心が高まるという因果関係を示唆しています。
Vol.7「仕事のやりがいはどこから?」では、「面白い」と感じられる仕事が、仕事やりがい感を高めるとお話ししました。そして今回は、その仕事やりがい感が愛社心を高める可能性を皆さんにお伝えしました。そうです、これが今回のコラムに「愛社心」を選んだ理由です。私が日本の技術者の愛社心が他国と比べ低いことが気にかかるのは、この連鎖があるからです。皆さんが、仕事が面白く、そしてやりがいを感じて働くことは、皆さんを幸せにし、会社に対する思いを高めることにつながります。このこと、経営者の皆さんにも知っていただきたいですね。
同志社大学STEM人材研究センターの目的の一つが、「科学技術の領域で活躍する方々がより創造的に活躍できるための環境と施策の構築に資する」研究を行うことです。日本の科学技術発展のためにも、多くの技術者が適材適所で活躍できる環境作りに寄与できる研究を行っていきたいと思います。