高級フレンチが子供客を開拓、“昭和の工場”が遊園地の目玉に
日本の内需を盛り上げる「3世代消費」とは
日本を訪れた外国人たちが日本国内でレジャーを楽しんだり買い物をしたりするインバウンド消費は去年に続いて今年前半も日本企業の懐をおおいに潤した。
三越伊勢丹ホールディングスが7月31日に発表した2015年4~6月期の連結決算は、インバウンド消費が首都圏の旗艦店の売り上げを大幅に押し上げた結果、売上高が3099億円と前年同期比9%増、純利益が87億円と同82%増だった。
資生堂が同日発表した2015年4~6月期の決算も、中国人の“爆買い”によって高価格帯の化粧品販売が伸び、売上高は2023億円と前年同期比20%増、連結最終損益は36億円の黒字と前年同期の17億円の赤字から一気に浮上した。
インバウンド消費が個人消費の低迷に苦しむ
日本企業にとっては救世主ともてはやされるゆえんだが、実は救世主という点ではもっと頼りになる存在がある。「3世代消費」─祖父母による孫(18歳以下の世代)への支出を核とする、祖父母・子供夫婦・孫たち一緒の買い物や食事、旅行、レジャーなどへの消費行動だ。実はその市場規模はインバウンド消費よりもはるかに大きい。
三菱総合研究所の試算ではシニア世代による孫への支出は年間3兆8000億円に達したという(注)。一方、インバウンド消費の総額は日本政府観光局(JNTO)によれば2014年が2兆305億円だった。2倍近い開きがあるのだ。
(注:三菱総合研究所がシニア約1万5000人のデータベースなどを分析して試算。「子供世帯と同居している18歳までの孫のための商品の購入や共に過ごすことによって生じるシニア世代の消費」を「3世代消費」と定義している)
しかも中国の景気後退懸念と上海株式市場の暴落という2つの暗雲が前途に漂うインバウンド消費とは異なり、「3世代消費」の伸びしろは大きい。高齢化の進行で「3世代消費」を引っ張るシニアは今後ますます増えていくからだ。「3世代消費」とは具体的にどんな消費行動なのか、なぜ今、「3世代消費」なのか。そしてそれは私たちの仕事や働き方にどんな影響を及ぼすのか。まずは「3世代消費」に沸く企業の取り組みを見てみよう。
シニアに目を向け始めたテーマパーク
ハウステンボス(長崎県佐世保市)は今年5月24日、新たな施設「健康と美の王国」をオープンした。その名の通り「健康と美」すなわちヘルスケアをテーマにした施設で、建物の中には健康診断コーナーや健康食品や栄養補助食品を豊富に取りそろえた健康ストアなどが並ぶ。この夏には温泉も開業した。
狙いは言うまでもなく健康に関心のあるシニアだ。ではなぜシニアなのか。背景には「3世代来場者」の増加がある。
ハウステンボスでは最近、祖父母・子供夫婦・孫たち一緒の来場が増えていた。孫にせがまれたり、子供夫婦に誘われたりしてやってきた─そんなシニアが日に日に増えていたのだ。しかしハウステンボスにはシニアに狙いを定めた施設はなく、来場したのはいいが手持ち無沙汰の印象のシニアは少なくなかった。
そこでシニアが喜ぶ施設を開業したのだ。これまで手薄だった祖父母の需要を開拓すれば必然的に「3世代来場者」は増える。そうなれば祖父母が孫のために買う土産やおもちゃの売り上げも伸びていく。シニアの客を増やし「3世代消費」の伸びを加速させる─これがハウステンボスの新たな戦略だ。
ハウステンボスだけではない。アミューズメントパークやテーマパークは今いっせいに「3世代消費」の開拓に軸足を移している。よみうりランド(東京都稲城市)は来年春、工場の生産ラインなどを再現し、ゴーカートで見学したり、ものづくりを体験できたりする新たな施設をオープンする予定だ。こちらの狙いもシニア、高度成長期に郷愁を持つ世代に向けた昭和の工場再現プロジェクトと言っていい。さらに東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドも来年秋、「3世代でゆっくり食事」がコンセプトのレストランを東京ディズニーランド内に開業する予定だ。
旅行・観光、外食、小売りも続々と「3世代消費」の開拓に
旅行・観光業界も「3世代消費」に沸いている。JTBグループのJTB国内旅行企画は「3世代消費」に照準を定めた旅行商品「みんなで泊まろう!」を発売した。3 世代が一緒に泊まれる2間以上の部屋や孫が走り回っても他の宿泊客に迷惑をかけない個室での食事、貸し切り風呂など、「3世代宿泊者」が喜びそうな工夫を凝らしている。旅行・観光需要を引っ張るシニアに「今度は子供夫婦・孫たちと一緒にいかがですか」と提案し、増える「3世代旅行者」をさらに増やそうというのが狙いだ。
外食業界も「3世代消費」に舵を切っている。筆頭は高級フレンチやイタリアンを展開するひらまつだろう。シニアの財布に照準を定め、高級フレンチやイタリアンがこれまで敬遠していた子供の来店を積極的に受け入れ始めているのだ。例えば高級イタリアンのボタニカ(東京・港区)では今年7月26日(日)を「お子様ウェルカムデー」と定め、1万円の大人用コースに加えて1200円と2500円の子供用コースを用意した。加えて子供とスタッフが一緒にオリジナルカクテルジュース作りに挑戦するサービスやテーブルマジックショーなども開催した。
「少子化で1人の子供にかけるお金は確実に増えているし、孫世代は将来の有望な顧客」とひらまつは見ている。戦略は的中し、祖父母と孫の来店客が急増、これまでは全体の1%に過ぎなかった「3世代来店客」が一気に5%に跳ね上がったという。
百貨店やスーパーも「3世代消費」を新たな需要開拓のキーワードに掲げている。今年9月、来年の正月を見すえて始まった「おせち料理」商戦はその象徴だろう。髙島屋は人気ゲーム「スーパーマリオブラザーズ」と提携し、スーパーマリオのキャラクターを三段重にプリントした「家族三世代おせち」(2万7000円)を発売、祖父母による孫へのプレゼント需要に期待をかける。スーパーではイオンが歯の悪い高齢者でも食べられる「やわらかおせち」などを揃え、シニアの需要を掘り起こそうと躍起だ。
「3世代消費」はレジャーや旅行、外食のようなコト消費だけではない。イオンは祖父母から孫へのプレゼント需要の増加に目を付け、ランドセルの高級化を図って成功を収めている。
売れ筋は高級な革を使ったり、豪華な刺繍をちりばめたりする10万円以上のランドセルで、購入者の7割が祖父母にお金を出してもらっているという。孫の数が少ないのだから値段は高くてもいい─そんな祖父母の気持ちを突いた、少子化を逆手に取った戦略だとも言えるだろう。
シニアの収入は23.2%も増えている
なぜ「3世代消費」が伸びているのか。理由は明白だ。次の数字をご覧いただきたい。1708兆円─ 2014年度末の家計の金融資産残高だ。日銀が今年6月に発表した資金循環統計によると、個人(家計部門)が保有する金融資産の残高は2014年度の1630兆円から5.2%増加し、過去最高の1708兆円に達した。株価の上昇によって保有する株式や投資信託の時価評価額が上昇した結果だ。
ではこの膨大な金融資産を誰が持っているのか。実はその6割を60歳以上が保有している。シニアは他のどの世代よりも高い潜在消費能力を持っており、それが孫へのプレゼントを核とする「3世代消費」の伸びにつながっているのだ。
シニアの購買力を示すデータはまだある。総務省が6月に発表した5月の家計調査によれば、世帯主の収入は前年同月に比べて0.7%減少したものの、祖父母などの収入は人手不足による就労機会の増加や株価上昇による資産効果で何と23.2%も増えている。
しかも「3世代消費」は今後も消費のキーワードであり続けるに違いない。厚生労働省の将来推計人口によれば、1947年~ 49年に生まれた団塊の世代が全員75 歳以上になる2025年には、75歳以上の人口は約2200万人と全人口の2割弱に達する。高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)も今の25%超から30%へと上昇する。
超高齢社会に対しては、医療や年金、介護などの社会保障費の膨張や、医療や介護サービスの受け皿すなわち施設やスタッフの不足などのマイナス面ばかりが伝えられるが、時間とお金を手にしたシニアが増え、消費を刺激し続けるというプラス面もある。シニアの心の琴線に触れるようなサービスや商品を打ち出せれば、「3世代消費」は日本の内需を盛り上げる新たな鉱脈になるに違いない。
祖父母の孫を想う気持ち、どうとらえるか
ではその過程で僕たちの仕事はどう変わるのだろうか。祖父母が孫にプレゼントしたい商品やサービスの開発は今後、いっそう重要なテーマになるだろう。例えばゲームなら「祖父母が孫たちにプレゼントし、かつ一緒に遊べる」が大切な切り口になるに違いない。祖父母が遠く離れた孫たちとコミュニケーションを取れるような製品、臨場感溢れるテレビ電話や、3D(三次元)映像のビデオレターを作成できる装置も求められるようになるはずだ。その際、シニアの心をつかまえられるかどうかは、シニアの気持ち、とりわけ孫への想いを汲み取る洞察力、想像力にかかっている。その意味では有り体な言葉だが「思いやり」がより強く仕事に問われるようになるだろう。
以前、著名な製品開発者に「技術者とくに製品開発に携わる人に最も必要なスキルは何ですか?」と尋ねたことがある。一眼レフカメラの開発者だった彼はしばらく考え、こう言った。「思いやりですね。最後に勝つのは人の気持ちが分かる技術者だと思います」。その傾向は今後、さらに強まっていくのではないだろうか。
それにしても蛇足ながらやや気がかりなのは祖父母と孫に挟まれた世代だ。最近、30代、40代をターゲットにした商品やサービスでヒット商品があまり生まれていない。そもそも30代、40代をターゲットにした新商品や新サービス自体が減ってきている。円安による輸入原材料の価格上昇で食料品を中心に値上げが続く一方、収入は物価の上昇に見合って伸びていない─そんな30代、40代の懐具合を反映しての傾向だろうが、これではますます彼ら彼女らの消費が細ってしまう。どうすれば30代、40代の消費を喚起できるか、このコラムでいずれぜひ取り上げてみたいと思う。
それはそれとしてお父さんが通勤に使うビジネスバッグよりも小学生の子どもが使うランドセルの方がはるかに高額だなんて、何だか寂しいですね。