楽天、日本郵便、日本IBM、セコム、シャープ、京浜急行電鉄─業種を問わず、錚々たる大企業が今、離れて住む家族や知人がシニア(高齢者)の健康状態や生活環境を確認できる
見守りビジネスに続々参入している。
背景にあるのは高齢化の進展に伴う一人暮らしのシニアの増加だ。しかも国は社会保障費の増加を抑えるため、自宅で医療や介護を受けてもらう方針を打ち出している。
巨大な見守りビジネスの誕生は私たちの仕事にどんな影響を及ぼすだろうか。
企業がシニアの見守りビジネスへ続々参入する理由
「将来が不安!」「国にもう頼れない?」が背景に
離れて住む家族や知人がシニア(高齢者)の健康状態や生活環境を確認できる見守りビジネスがにわかに活況を呈している。IT(情報技術)関連企業やガス会社、郵便、鉄道など幅広い業種の企業がこの分野に続々と参入しているのだ。
楽天とガス会社がIT とフットワークを武器に参入
大手IT企業の楽天は、2016年12月から鹿児島県内で地元のLP(液化石油)ガス会社と組んで地域に住むシニアの見守りビジネスの実証実験を始めた。楽天が持つ情報ネットワーク技術とガス会社ならではのフットワークを組み合わせたサービスだ。
その内容は、まず地元のガス会社の社員が月1回、シニアの自宅をガスボンベの交換のために訪ねる際、その人の健康状態を面談して確認する。将来は認知症の予防や体に良い食事・運動についての専門知識を研修によってガス会社の社員に身につけさせ、シニアの自宅を訪問した時にアドバイスできるようにもする。
一方、楽天はITを駆使し、都内の本社でシニアの家庭の状態をリアルタイムで見守る。
楽天とガス会社は電力の小売事業で提携しており、ガス会社は電気とLPガスを一般家庭にセット販売する際、楽天のポイントを付与している。
この提携を活用して、電力の使用状況などを観察し、シニアが家電製品を全く使わなかったり、夜中も起きている日が何日も続いたりしていると分かると、ガス会社に連絡し、社員に駆けつけてもらう。
ガス会社はガス漏れなどの緊急時に備えて24時間、短時間で各家庭に駆けつけられる体制を整えている。そのフットワークの良さを見守りビジネスにも生かそうというのだ。楽天は2017年春にはこのサービスを全国に拡大する計画で、すでに全国のLPガス会社など18社が加盟する団体と業務提携を交わした。
日本郵便、日本IBM、NTT ドコモ…大企業8社が連携
日本郵便も見守りビジネスへ本格参入する。日本郵便と、同じく日本郵政グループのかんぽ生命保険が過半を出資し、日本IBM、NTTドコモ、セコム、綜合警備保障(ALSOK)、第一生命、電通の6社とともに新会社を設立し、2017年2月から出資8社の強みや技術を持ち寄り、サービスを始める予定だ。
具体的には、地域の郵便局員が月1回シニアの自宅を訪れて30分ほど会話し、健康状態や生活環境の変化を確認する。シニア本人が同意すれば訪問の結果を家族や医療機関に知らせたりもする。日本郵便は全国でサービスを提供するユニバーサルサービスを法令で義務付けられており、郵便局は日本のほぼすべての市町村に存在する。その数は何と2万4000局に達する。
この日本最大の店舗ネットワークを活用して、過疎地も含めて全国で見守りサービスを展開しようというのだ。
また日本IBMはシニア向けの操作が簡単なタブレット端末を開発して利用者に貸し出す予定だ。タブレットは8社連合の見守りサービスのいわば窓口となり、例えばタブレットで地域のスーパーや商店街の商品を注文すると郵便局員が店舗まで商品を受け取りに行き、まとめて自宅に届けてくれる。さらにタブレットに日々の健康状態や服薬状況も入力でき、かんぽ生命と第一生命がそれらのデータに基づいて健康づくりのアドバイスを行う。
万が一シニアの体調が急変した場合にはセコムや綜合警備保障の警備員が24時間体制で自宅に駆けつけ、必要があれば救急車を呼んだり離れて暮らす家族に緊急連絡したりする。
料金は現在検討中で、どのサービスを選択するかにもよるが、月に数千円程度が中心になる見込みだという。
見守りビジネスに参入する企業はこれらだけではない。京浜急行電鉄は2016年9月、京急グループが管理する横浜市内のマンションでシニアの見守りサービスの実証実験を始めた。センサーで家電製品やトイレの使用状況を調べ、家電製品を全く使わない日がずっと続いたり、何日もトイレに入っていなかったりなどの異変があると家族にメールで知らせる。京急電鉄は京急沿線のマンションや戸建での本格的な事業展開を視野に入れており、実証実験はそのためのノウハウの吸収が狙いだ。
自治体と組んで見守りビジネスに乗り出す企業も出てきた。シャープは2016年11月から島根県の津和野町と組んでテレビを活用したシニアの見守りの実証実験を始めた。インターネットを使い、テレビを点けたり消したりしているかどうかを把握し、長時間、電源が入れっぱなしだったり、消したままだったりする場合には家族にメールで知らせるサービスだ。
またシニアの買い物支援もテレビで行う。テレビの入力を「買い物支援」に切り替えると、画面に町役場の地域活動支援室のオペレーターが映し出される。シニアがカタログを見つつ、オペレーターと会話しながら商品を注文すると、町役場の職員が店を訪れて買い物を代行し、宅配業者がその商品をシニアの自宅へ届ける仕組みだ。
テレビという極めて日常的でシニアに親しみのある機器を見守りに生かすアイデアは画期的だと言えるだろう。
参入ラッシュの背景には私たちの将来への不安が
業種を問わず、錚々たる大企業が今、見守りビジネスに続々参入している理由は、シニア向けのビジネスが今後、大きな成長を見込める数少ないフロンティアだからに他ならない。周知のように日本の高齢化は急速に進んでいる。総務省の2015年国勢調査によれば65歳以上のシニアの総人口に占める割合は26.7%に上り、史上初めて全都道府県で15歳未満の割合を上回った。今後も高齢化は進み、国立社会保障・人口問題研究所は65歳以上の割合が2020年には29.1%、2030年には31.6%に達すると推計する。また75歳以上の高齢者も2015年に約1600万人だったのが、2030年には約2300万人にまで増える見通しだ。
これに伴い一人暮らしのシニアも増加している。2015年の国勢調査では560万人と高齢者全体の16.8%を占めた。男性では8人に1人、女性は5人に1人が一人暮らしだ。さらに夫婦のみのシニア世帯も増加しており、一人暮らしのシニアと合わせると1670万世帯に上る。
こうした状況に対して国は介護費や医療費など社会保障費の増加を抑えるため、自宅で医療や介護を受けてもらう方針を打ち出している。特別養護老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅なら周囲のスタッフが異変を察知してくれるが、一人暮らしの自宅ではそうはいかない。とりわけ地方では息子や娘などの家族が東京など都市部で働いている家庭が多く、日々の見守りへの必要性は大きい。
この結果、企業による見守りビジネスのニーズが急拡大しているのだ。富士経済によれば、見守りや健康管理など高齢者向けサービスの市場規模は2021年には5572億円と、今年に比べて3割も拡大する見通しだ。また認知症ケア支援サービスの市場規模も、シード・プランニングによれば、2016年の230億円から2025年には3倍近い679億円に拡大する見込みだ。
加えて国が今年2月に40歳以上の男女3000人を対象に行った調査では、80%以上が「高齢での一人暮らしに不安を感じる」と答えている。75歳以上の高齢者が2030年には約2300万人にまで増える見通しも併せて考えると、見守りビジネスのニーズはその先も高まり続けるだろう。
では、こうした新たな巨大ビジネスの誕生は私たちの仕事にどんな影響を与えるのだろうか。
一つには、より低コストで見守りを実現する機器やシステムの開発が強く求められるようになるのではないか。
企業による見守りビジネスへの参入はありがたい話ではあるが課題もある。介護保険が適用されないので利用料金を負担できるシニアが限られてしまいかねないのだ。例えば日本郵便や日本IBM、セコムなど大企業8社が連携して始める見守りビジネスはまさに至れり尽くせりだが、「料金は月に数千円程度が中心になる」とすると年間では数万円かかる。収入は年金だけというシニアにとっては決して軽い負担ではない。
逆に言えば、より安価な機器やシステムを実現し、より低料金で見守りビジネスを提供できれば利用者は一気に広がる可能性があるということだ。いずれこの分野でも価格競争が起き、どのようにしてコストダウンを実現するか、エンジニアの貢献が求められるようになるだろう。
さらに、テレビのようなどこの家庭にもある日常的な機器を用いた見守りビジネスの開発も今後さらに強く求められるだろう。「鏡をインターネットでつないで見守りに使う」「炊飯器をインターネットにつなぐ」「ドアの開閉によって日常生活をモニタリングする」といった具合だ。となるとファームウェアなどIoT(モノのインターネット)に欠かせない技術へのニーズがいっそう高まるに違いない。
見守りサービスの急成長はエンジニアの仕事にも大きな影響を与えそうだ。