この冬、昔懐かしい省エネ暖房器具、湯たんぽが売れた。家電量販店のノジマは社内資格制度の導入で従業員の省エネへの知識を高め、他店との差別化を図る。
省エネ効果を訴える商品や取り組みに注目が集まっている。理由は原油価格の高騰だ。ウクライナ情勢が泥沼化した場合、原油価格は過去最高値を超える可能性も出てきた。情勢は日本経済に逆風だが、優れた省エネ技術を持つ日本企業の競争力を高めるチャンスでもある。混沌とするエネルギー事情はエンジニアの仕事にどんな影響を与えるのだろうか?
昨秋からこの冬にかけて、私のような昭和生まれには懐かしい防寒商品がよく売れた。湯たんぽだ。
1957年から「萬年」のブランドで湯たんぽを製造する日用品メーカーの尾上製作所(兵庫県姫路市)によれば、この冬、好調な売れ行きを期待して生産開始を1カ月早めたところ、「作ったそばから売れていった」と言う。
とりわけよく売れたのはトタン製の湯たんぽだ。縞状の凹凸があるレトロなデザインで、頑丈かつ熱伝導性に優れている利点があり、インターネット通販での売れ行きは昨年の5倍に達したと言う。(2021年10月30日付の神戸新聞夕刊より)
参入企業がここ数年でさらに増えた最新鋭の充電式湯たんぽも、この冬インターネット通販での売れ筋商品となった。
充電式 “湯たんぽ” とはいえ、お湯は使わない。容器に充てんしたゼリー状の蓄熱液(弱塩化ナトリウム水溶液)を電気で温め、熱を放射させる仕組みだ。お湯を入れ替える必要がないだけでなく、10分ちょっとの充電で5~8時間使用でき、1回当たりの電気代は2円程度で済む。1カ月間毎日使っても電気代が100円に満たない経済性・省エネ性に脚光が当たり、人気が沸騰した。
LIXILは3枚ガラスの高性能窓、ノジマは社内資格制度
省エネという使い古された言葉に今、新たな光が当たっている。省エネ性能がこれまで以上に商品やサービスの競争力を左右する要因になり、高い経済性・省エネ効果を訴える商品やサービスに注目が集まっているのだ。
LIXILは今年1月、断熱性能をより高めたリフォーム用の窓「リプラス」を発売した。室内の熱が外部に逃げないように、リフォーム用の窓としては初めて窓ガラスを3枚使い、それぞれのガラスの間にガスを封入した。またサッシにはアルミだけでなく樹脂も用い、内部に断熱材を充てんした。この結果、1枚ガラスの窓と比べて室内からの熱の放出を約80%削減できるようになったと言う。
一般的な住宅の場合、屋内の熱の 6割近くが窓やドアなどの開口部から流出する。断熱性能が高い窓へのリフォームは住宅の省エネ化を進め、電気や灯油などエネルギー代の節約につながる。
LIXILは「リプラス」のような高性能窓の出荷比率を、新築住宅向けの商品と合わせて、2021年3月期の74%から2026年3月期には100%へと拡大する計画だ。
省エネをアピールするのはメーカーだけではない。家電量販店大手のノジマは、店頭に立つ従業員の省エネへの知識を高めるため、省エネについての専門知識を習得し、社内で認証する社内資格制度をこの4月に設ける。
受講者はエアコンやテレビなど個々の商品の省エネ特性や、家電製品を使用する際の電気代の算出方法「小型家電リサイクル法」など省エネに関連する法令などについて社内講座で学ぶ。社内試験に合格すると「省エネコンサルタント」の資格を授与される。
資格取得は従業員の任意だが、ノジマは「正社員だけでなくパートも含めた全店舗の従業員の講座受講と資格取得を、今年中に実現したい」と言う。消費者への省エネ家電の提案能力を磨いて高まる省エネ家電のニーズに応え、競合する家電量販店との競争で優位に立つのが狙いだ。
原油価格は100ドルを突破し、過去最高値水準へ
これらの動きの背景にあるのは、エネルギー価格の高騰だ。
省エネはこれまでも、石油や石炭など化石燃料の使用を抑え、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出を削減する手段として、再生可能エネルギーへの転換などとともに企業や消費者に求められてきた。そこに原油価格の高騰が加わり、省エネが中長期的な目標から喫緊の課題へと一気に切迫度を増したのだ。
昨年から直近までの原油価格の推移を見てみよう。原油価格の指標銘柄(他の銘柄も含めた全体の値動きを代表する銘柄)の一つであるWTI(米国テキサス州で産出される軽質油)は、2021年1月の平均価格が1バレル(約160リットル、バレルとは樽の意味)52.1ドルだった。それが半年後の2021年7月には同72.5ドルと50%値上がりし、さらに半年後の2022年1月には同83.1ドルに達した。
理由は需給のひっ迫だ。昨年春以降、日米欧など先進国を中心にワクチン接種が進み、経済・社会活動が再び活発になるのに伴い、原油の需要は急速にコロナ禍前の水準へと回復していった。
一方、サウジアラビアやロシアなどの産油国は、需給がゆるみ価格が下落するのを恐れ、積極的な増産を控えた。
原油価格は一昨年春、WHO(世界保健機関)が新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な流行)を宣言し、経済・社会活動に厳しい制約がかかるとの懸念から同16.5ドル(2020年4月の平均価格)にまで暴落した。産油国はそれに懲りているのだ。
そこへロシアによるウクライナ侵攻が加わった。米欧日は経済制裁の一環としてロシアの一部の銀行を SWIFT(国際銀行間通信協会)から排除し、原油輸出などによる外貨獲得に制約をかけた。米英はさらにロシア産原油・天然ガスの輸入を禁止すると発表した。原油輸出量が世界2位のロシアに対するこれらの制裁は、原油への供給不安をいっそう強め、3月23日現在、WTIは同110ドル台まで上昇している。
ウクライナ情勢には今のところ出口が見えない。原油価格は今後、「2008年7月につけた史上最高値の同147ドルを上回り、年末までに同185ドルに達する可能性がある」との見通し(米国の金融機関JPモルガン・チェースのリポート)さえ出てきている。
原油価格の上昇は電気やガソリンなど私たちに不可欠なエネルギー価格の値上がりに直結する。
電気はすでに東京電力や中部電力など電力7社が4月分の料金引き上げを発表した。使用量が平均的な家庭の場合、東京電力では3月に比べて115円高い8,359円に、中部電力では同 127円高い8,076 円になり、どちらも過去5年間で最高値の水準だ。
ガソリン価格も最高値圏で推移している。経済産業省が3月16日に発表したレギュラーガソリン1リットル当たりの全国平均価格は、前週に比べて60銭高い175円20銭と10週連続で上昇し、2008年9月以来13年半ぶりの高値となった。
電気料金の値上げはモノの製造コストや店舗の維持費を高め、ガソリン価格の上昇はモノの輸送費を引き上げる。原油価格の上昇基調が今後も続けば、食料品や衣料品、生活用品、雑貨など様々な商品に値上げが広がっていく恐れがある。
省エネに今、再び脚光が当たっているのは、電気やガソリンの値上げによる打撃を少しでも緩和したい家庭や企業の切迫したニーズに応える動きだと言えるだろう。
エアコンやスマート家電など日本企業に商機
ことほど左様に原油価格高騰は憂うつなニュースではある。日本は原油のほぼすべて(99.7%)を輸入に頼り、価格形成に関われないだけにもどかしさも募る。
しかし現状は日本経済にとって決してマイナス一辺倒ではない。優れた省エネ技術を持つ日本企業の国際競争力を高めるチャンスにもつながるのだ。
その好例はエアコンだろう。ダイキン工業を始めとする日本企業のエアコンは高い省エネ性能を誇る。また温室効果ガスの一つである CO2(二酸化炭素)の排出量を従来の燃焼式暖房の半分以下に抑えられるヒートポンプ暖房の技術にも長けている。
一方、海外市場を見渡せば、新興国や途上国ではエアコンの普及率が低い。例えば人口約14億人のインドでの家庭用エアコンの普及率は5%程度に過ぎない。省エネ性能が高く、長く使えば使うほどエネルギーコストが安くなる日本製エアコンの成長余地は非常に大きいのだ。
先進国にしても米国や欧州の寒冷地では、石油やガスで温めたお湯や暖気を部屋に送る燃焼式セントラルヒーティング暖房が一般的だ。これらは日本で主流の、部屋ごとにエアコンで温度を調節する方式よりもエネルギー消費量が多く、しかも消費電力を制御するインバーターの普及率も低い。
ウクライナ情勢が好転し、かつ産油国が積極的な増産に応じて原油の需給がゆるまない限りは今後、欧米でも省エネ性能が高いエアコンへの置き換えが進むだろう。
同様に原油価格の高止まりが続けば、世界各国で一般消費者向け企業向けを問わず、高い省エネ性能を持つ製品やシステムがより強く求められるようになるはずだ。省エネ性能のより高いスマート家電やエアコン、住宅の省エネ化を進める部材・建材、工場や店舗の消費電力を最少化する制御システムなどの引き合いはいよいよ高まっていくだろう。
エンジニアが活躍する場もAIやシステム開発、素材開発など幅広い分野で増えていきそうだ。
著者 渋谷和宏
1959年12月、横浜生まれ。作家・経済ジャーナリスト。
大正大学表現学部客員教授。1984年4月、日経BP社入社。日経ビジネス副編集長などを経て2002年4月『日経ビジネスアソシエ』を創刊、編集長に。2006年4月18日号では10万部を突破(ABC公査部数)。日経ビジネス発行人、日経BPnet総編集長などを務めた後、2014年3月末、日経BP社を退職、独立。また、1997年に長編ミステリー『銹色(さびいろ)の警鐘』(中央公論新社)で作家デビューも果たし、以来、渋沢和樹の筆名で『バーチャル・ドリーム』(中央公論新社)や『罪人(とがびと)の愛』(幻冬舎)、井伏洋介の筆名で『月曜の朝、ぼくたちは』(幻冬舎)や『さよならの週末』(幻冬舎)など著書多数。また本名の渋谷和宏の筆名では『文章は読むだけでうまくなる』(PHP)、『IRは日本を救う』(マガジンハウス)、『知っておきたいお金の常識』(角川春樹事務所)など。
TVやラジオでコメンテーターとしても活躍し、主な出演番組に『シューイチ』(日本テレビ)、『チャント!』(CBCテレビ)、『Nスタ』(TBS)などがある。