企業の脱炭素への取り組みが活発になってきた。イオンは2025年までに大型商業施設での電力・ガスからのCO2排出を実質ゼロにする。セブン&アイホールディングスも全国約2万2000店の店舗で使う電力を再生可能エネルギーへと転換するため、クリーン発電事業に参入したNTTと手を結んだ。トヨタ自動車は部品メーカーを巻き込みサプライチェーン全体の脱炭素に着手する。これらの取り組みは日本が世界に誇る脱炭素技術との相乗効果を生み、日本企業の競争力や存在感を格段に高め、成長の切り札となる可能性がある。
地元自慢みたいな書き出しで恐縮だが、先日、私の住む埼玉県川口市の話題が久しぶりに全国区のニュースになった。
6月初旬、イオンは総合スーパー「イオンスタイル」と約150の専門店からなる大型商業施設「イオンモール川口」を川口市内に開業した。この施設内で使う電気・ガスの二酸化炭素(CO2)排出量を、大型商業施設としては全国で初めて実質ゼロにする取り組みが注目され、NHKや民放各社、全国紙などが開業日の様子を取り上げたのだ。
イオンモール川口では太陽光などの再生可能エネルギーを最大限活用する。電力は東京電力エナジーパートナーが再生可能エネルギーで発電した「非化石証書」付きの電気で賄う。空調用などの都市ガスは、天然ガスの採掘過程で排出されるCO2の量を樹木の植林活動による吸収で実質ゼロにした、東京ガスの「カーボンニュートラル都市ガス」を使う。
イオンは国内外に約1万9000店舗を持ち、国内の年間消費電力量が約70億キロワット時と、日本の総電力消費量のおよそ1パーセントを占める。CO2の排出量もそれに見合い大きくならざるを得なかったが、今後は温室効果ガスであるCO2の排出量削減すなわち脱炭素へと舵を切る。イオンモール川口はその先鋒を担う大型プロジェクトだと言っていい。
イオンモール川口を皮切りに、2025年までに全国で約150施設を展開するイオンモールすべての電力を順次、再生可能エネルギーへと転換するという。さらにイオンモール以外の総合スーパーなどでも再生可能エネルギーへの転換を急ぎ、「2030年までに2010年比で35%削減する」としてきたCO2の排出量削減目標を「2030年に同50%削減」へと高める方針だ。そして2050年までに事業活動で排出するCO2を実質ゼロにする構想を描く。
トヨタはCO2排出量実質ゼロを2050年から35年に前倒し
脱炭素実現に向けた日本企業の取り組みが活発になってきている。緊急事態宣言の発出やワクチン接種などコロナ関連報道の陰に隠れがちだったが、気が付けば日本を代表する多くの企業が一歩も二歩も前に踏み出している。
小売業ではセブン&アイホールディングスも大胆な施策を打ち出した。セブンイレブンなど全国約2万2000店の店舗で使う電力すべてを再生可能エネルギーに転換するため、NTTグループと手を結んだのだ。
NTTは昨年夏、太陽光などの再生可能エネルギーによるクリーン発電事業への新規参入を発表した。年間約1000億円を投入し、全国に約7300カ所ある電話局などの施設に小型発電所や蓄電設備を建設、地域密着型の電力供給ビジネスを行う。
セブン&アイは今年3月末、NTTの新事業を支える初の大口顧客として名乗りを挙げた。契約期間は20年間で、すでにNTTは千葉県内でセブン&アイ専用の太陽光発電所を2カ所新設し、首都圏のセブンイレブン約40店舗に電力を供給し始めている。
電気料金については相場を若干上回る水準で折り合ったと見られている。大口の顧客を得て事業を軌道に乗せたいNTTと、再生可能エネルギーを一定のコストで安定調達したいセブン&アイの利害が一致した結果だろう。
セブン&アイは2050年までにグループの小売店舗で排出するCO2を実質ゼロにする計画を打ち出しており、NTTからの電力調達はその柱となる。
トヨタ自動車は6月中旬、世界の自社工場からのCO2の排出量を、これまでの2050年から2035年に前倒しして実質ゼロにすると発表した。自動車の塗装や鋳造工程に新技術を取り入れたり、モーターのような動力ではなく重力の活用で部品を運搬する「からくり」と呼ぶ仕組みの導入範囲を広げたりしてCO2排出を減らす一方、工場全体での再生可能エネルギーの利用を増やす。
それだけではない。トヨタによれば自社工場でのCO2排出量は、自動車の原材料調達から生産・使用・廃棄までに排出されるCO2全体の2%に満たないという。そこでトヨタは直接取り引きしている世界の主要部品メーカーに対して、2021年のCO2排出量を前年比で3%減らすように求め、サプライチェーン(供給網)全体の脱炭素にも着手した。
さらに生産する自動車自体についても、走行時のCO2排出量が少ない電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)など電動車の販売台数を2030年までに現在の4倍弱の約800万台に引き上げる予定だ。2050年には世界中で発売した新車の走行時に排出されるCO2の平均排出量を2010年比で9割減らすという。
ノウハウ輸出、メタネーション実現で広がるチャンス
これらの取り組みが、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮する企業を選別し、投資する「ESG投資」の拡大に後押しされているのは間違いないだろう。環境保護や人権擁護を重視する米バイデン政権の誕生以来、ESG投資は新たな段階に入り、今やアクティビスト(もの言う株主)以外の一般の機関投資家や、投資を通じて社会貢献したいと考える個人株主が企業に直接、脱炭素を促すようになっている。5月下旬の米エクソンモービルの株主総会は象徴的な事例だ。0.02%しか株を持たない投資家の「環境保護を訴える人物を社外取締役に」という株主提案がブラックロックなどの米大手運用会社や個人株主の賛成で可決された。日本国内でも気候変動問題に対処する事業計画の策定と開示を求める株主提案が三菱UFJフィナンシャル・グループや住友商事の株主総会で提出された。日本を代表する上場企業は株主に促される前に率先して脱炭素に挑む姿勢を見せなければならなくなってきているのだ。
しかし脱炭素への努力は株主対策だけにはとどまらない。国内のみならず世界での日本企業の競争力や存在感を間違いなく高めてくれるはずだ。
しかも「エシカル消費」は欧米を中心に世界的な潮流となっている。コロナ禍が終息し、海外からの旅行者が再び日本に殺到するようになった時、「CO2を排出しない商業施設」や、「生産や走行時のCO2排出量を極力抑えようとする自動車メーカー」のブランド力は、インバウンド消費を引き付ける大きな魅力になるに違いない。
日本企業にとっての利点はそれだけではない。脱炭素への取り組みそれ自体が新たな輸出の切り札としても期待できるのだ。
環境対策や都市インフラの整備といった課題解決のために企業が構築し培ってきたシステムや運用方法、アイデアなどの輸出を「ノウハウ輸出」と言う。国内の宅急便事業で積み上げてきた安全運転の指導ノウハウをマレーシアの現地企業に提供するヤマト運輸や、アジアで病院を建設・運営し、高度医療技術・ノウハウを現地の医療関係者に提供する三菱商事はその一例だ。
CO2を排出しない大型商業施設の運営やサプライチェーン全体でのCO2排出削減の仕組みは今後、省エネや脱炭素の課題に直面している中国やASEAN(東南アジア諸国連合)などアジアの企業にとってそれこそ喉から手が出るほど欲しいノウハウになるだろう。
しかも日本には脱炭素で世界をリードする技術がある。排出されたCO2を水素と合成して液化天然ガス(LNG)の主成分であるメタンを作り出し、都市ガスの供給網を使って企業や家庭に届ける「メタネーション」だ。すでに大阪ガスが開発に名乗りを挙げており、「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)」で実証実験を行い、2030年ごろの実用化を目指している。東京ガスもメタネーションを「2050年にCO2排出量実質ゼロを実現する」という同社の目標達成の切り札として位置付けている。
このメタネーションが企業の脱炭素に向けた取り組みと結びつき、イオンなどが展開する大型商業施設や、トヨタをはじめとするメーカーのサプライチェーンに導入されるようになったら、脱炭素で世界をリードするのは間違いなく日本企業になり、欧米への「ノウハウ輸出」の道も開けるだろう。決して大げさではなく日本企業の成長の切り札となる可能性もある。
そうなればエネルギーを安定的かつ効率的に供給するIT、安価な蓄電池、そしてメタネーションなど、脱炭素を実現する技術のニーズもまたさらに高まるに違いない。
著者 渋谷和宏
1959年12月、横浜生まれ。作家・経済ジャーナリスト。
大正大学表現学部客員教授。1984年4月、日経BP社入社。日経ビジネス副編集長などを経て2002年4月『日経ビジネスアソシエ』を創刊、編集長に。2006年4月18日号では10万部を突破(ABC公査部数)。日経ビジネス発行人、日経BPnet総編集長などを務めた後、2014年3月末、日経BP社を退職、独立。また、1997年に長編ミステリー『銹色(さびいろ)の警鐘』(中央公論新社)で作家デビューも果たし、以来、渋沢和樹の筆名で『バーチャル・ドリーム』(中央公論新社)や『罪人(とがびと)の愛』(幻冬舎)、井伏洋介の筆名で『月曜の朝、ぼくたちは』(幻冬舎)や『さよならの週末』(幻冬舎)など著書多数。また本名の渋谷和宏の筆名では『文章は読むだけでうまくなる』(PHP)、『IRは日本を救う』(マガジンハウス)、『知っておきたいお金の常識』(角川春樹事務所)など。
TVやラジオでコメンテーターとしても活躍し、主な出演番組に『シューイチ』(日本テレビ)、『チャント!』(CBCテレビ)、『Nスタ』(TBS)などがある。