スマホの画面割れなどの修理代を補償してくれるスマホ保険や、あおり運転の被害に遭った時、弁護士に無料相談できる弁護士費用保険など、補償範囲を絞り、保険料も補償料も少額のミニ保険が急成長している。
2019年3月末の加入者数は831万件と3年前に比べて約3割も増加、イオンや楽天など異業種からの参入も活発で、ミニ保険を扱う業者は今や100社を超えている。世の中のニーズに合わせて次々に登場するミニ保険、その動向からは旬のビジネスニーズが汲み取れる。
ミニ保険とは補償の範囲を身の回りのトラブルなどに絞り、保険料も補償料も少額の保険のことだ。正式名称を少額短期保険と言い、生命保険、損害保険に次ぐ第3の保険として2006年の改正保険業法施行と同時に販売されるようになった。
入りたい時に必要な分だけを補償してくれるので利用者の使い勝手が良く、保険会社にとっては今やドル箱の人気商品だ。業界団体の日本少額短期保険協会によると、2019年3月末の加入者数は831万件と3年前に比べて約3割も増加した。2018年度の保険料収入は初めて1000億円規模に達したとの推計もある。イオンや楽天など異業種からの参入も活発で、ミニ保険を扱う業者は100社を超えている。
そのミニ保険を今回なぜこのコラムで取り上げるのかというと、世の中のニーズに合わせて次々に登場するミニ保険の動向から旬のビジネスニーズが汲み取れるからだ。
論より証拠、代表的なミニ保険を見てみよう。
スマホの故障、フリマのトラブルも補償
まずはスマホ保険だ。保険会社のジャストインケース(東京・千代田)はスマホの盗難や紛失、画面割れなどの修理代を補償してくれる「スマホ保険」を発売している。
保険料は月356円から1070円で、例えばiPhoneXでは963円だが、3カ月間の契約期間中に保険金請求をしなかった場合、更新後には利用者のスマホの扱い方に応じて保険料が割り引かれる。スマホ内蔵のセンサーの情報を基に、スマホを携帯していた時の行動を測定、故障や破損するリスクを人工知能(AI)が分析し、保険料を割り引いてくれる仕組みだ。ちなみに割引率は平均30%、最大50%だという。
「スマホ保険」に加入しているある会社員の男性は、「iPhoneX」を落としてしまい、ひび割れたディスプレーの修理に3万円以上支払ったことが「スマホ保険」加入の決め手になったという。
私自身、スマホを鞄に入れていたら画面が割れてしまい、修理代がかさんだ経験があるので気持ちはよく分かる。
続いてはフリマ(ネット上のフリーマーケット)での売買に伴うトラブル保険だ。ジャパン少額短期保険(東京・千代田)は、地域の情報サイト・ジモティーを運営するジモティー(東京・品川)と共同で、ジモティーの会員が不用品や中古品をネットで売買した際に発生したトラブルを補償する「あんしん取引保険」を2019年7月に発売した。
保険料は月額340円で、ジモティーで売買した商品が不良品だったために、他人にけがを負わせたり、住居などを傷つけたりしてしまった時、賠償責任保険金を最大100万円まで補償する。逆に被害遭ってしまった場合には弁護士費用が最大100万円まで補償される。
ネットで売買される中古品・不用品には故障や不良のリスクがどうしてもつきまとう。「あんしん取引保険」はトラブル時の補償をすることで、トラブルが不安で売買に参加できないユーザーの背中を押してくれる役割も果たしている。
あおり運転被害、孤独死の葬儀代も補償
ミニ保険はスマホやネット関連だけではない。
社会的な問題になった、あおり運転被害に対応するのは、プリベント少額短期保険(東京・中央)の弁護士費用保険「Mikata(ミカタ)」だ。あおり運転の被害など法的トラブルに遭った時、電話やスマホのアプリを使って弁護士に無料相談できるサービスを補償する。保険料は月額2980円で、万が一自動車事故などにつながってしまった場合には最大300万円の保険金が支払われる。
あおり運転の被害が大きく報じられるようになってから加入者は増加し、この2年間で1.5倍超に達したという。
プリベント少額短期保険はさらに加入者に対して「弁護士保険に加入しています」との文字が躍る大きな自動車用のステッカーを配布している。これを自動車の後部に張ることで、あおり運転の抑止力になるからだという。
社会問題を意識したミニ保険はまだある。
少額短期保険会社サン・ライフ・ファミリー(神奈川・平塚)が販売する葬儀保険「ご葬儀サポートプラン」は、月額2000円の保険料で葬儀をサポートしてくれるミニ保険だ。保険金は通常、受取人が請求して受け取るが、「ご葬儀サポートプラン」では保険金を直接、提携している葬祭業者に支払える。おひとり様が万が一、孤独死してしまった時も対応できる仕組みだ。加入できるのは40歳から84歳までで、95歳まで補償が続く。
ミニ保険が補償してくれるのは人間のトラブルだけではない。
SBIいきいき少額短期保険(東京・港)が販売する「ペット保険」は、犬は月700円から、猫は月650円からの保険料で、ペットの入院や手術、通院にかかる費用を補償してくれる。新規に契約できるペットの年齢は生後2カ月から11歳11カ月まで、ネットで申し込むと保険料は全期間10%割引になる。
ミニ保険が教える新たなチャンス
まさに「ミニ保険は世につれ」の印象だ。
だからこそ人々が今何を望んでいるのか、何に困っているのか、何に関心を持っているのかを指し示す貴重なヒントを提供してくれる。
「スマホ保険」が人気なのは、スマホの画面が破損するなどして、思わぬ出費を強いられた人が多いことを教えてくれる。知人や友人から大金を支払ったという話を聞いて、「転ばぬ先の杖」で破損や故障に備えようとスマホ保険に加入した人も少なくないだろう。
だとすれば故障せず、落としても簡単には画面が割れない頑丈な筐体やディスプレーへの潜在的なニーズは大きいはずだ。スマホ内蔵のセンサーの情報を基に、スマホの扱い方をアドバイスしてくれるアプリにも引き合いはあるかもしれない。
成熟化し、市場の伸びが鈍化したと言われるスマホだが、ライフサイクルコスト、つまり購入費用だけでなく修理代など保有期間を通してかかる費用を下げる技術には大きな可能性があると思う。
フリマでの売買に伴うトラブルを補償する「あんしん取引保険」が示唆するのは、ネット上に出品される不用品や中古品の故障リスクを「見える化」する技術へのニーズだ。AIが出品者に品物の使用状態などについてチャットで質問し、回答を分析して故障リスクを点数化するようなシステムがあれば、オークションも含めたネット上の売買に広く利用されるのではないだろうか。
あおり運転被害などに対応した弁護士費用保険「Mikata(ミカタ)」は、あおり運転に遭った時、その被害状況の動画をリアルタイムで警察や弁護士、保険会社に送信し、対応を要請できる仕組みへの強いニーズを窺がわせる。あおり運転を厳罰化する改正道路交通法が今年中に施行される見込みだとは言え、いつどこであおり運転に遭うか分からない不安は拭えないからだ。
さらにおひとり様の葬儀費用やペットの治療にかかる費用を補償してくれるミニ保険の登場は、おひとり様やペット関連ビジネスの今後の成長を予感させる。
背景には「自分の身は自分で守る」意識
2006年に登場したミニ保険が15年も経たずにここまで多様化し、人々に受け入れられるようになった理由は、一つには年金など社会保障制度への不安から、「自分の身は自分で守る」という意識が幅広い世代に広がっているからだろう。
さらに保険会社の努力も大きい。各社は競い合い、消費者目線で保険ニーズを掘り起こし、一定数の加入者を見込めると判断できれば果敢に新たな保険商品を投入した。
さらに業界団体の日本少額短期保険協会は毎年1回、その年に開発・販売されたミニ保険の中から最も秀逸なミニ保険を選ぶ「少額短期保険大賞」と、「こんなミニ保険があったらいいな」と思うアイデアを募集して優秀なアイデアを選ぶ「おもしろミニ保険大賞コンテスト」を開催し、新たなニーズの掘り起こしを後押ししている。
読者の皆さんもぜひミニ保険に注目してみてほしい。本稿で取り上げたのはごく一部で、ユニークなミニ保険は他にもたくさんある。
著者 渋谷和宏
1959年12月、横浜生まれ。作家・経済ジャーナリスト。
大正大学表現学部客員教授。1984年4月、日経BP社入社。日経ビジネス副編集長などを経て2002年4月『日経ビジネスアソシエ』を創刊、編集長に。2006年4月18日号では10万部を突破(ABC公査部数)。日経ビジネス発行人、日経BPnet総編集長などを務めた後、2014年3月末、日経BP社を退職、独立。また、1997年に長編ミステリー『銹色(さびいろ)の警鐘』(中央公論新社)で作家デビューも果たし、以来、渋沢和樹の筆名で『バーチャル・ドリーム』(中央公論新社)や『罪人(とがびと)の愛』(幻冬舎)、井伏洋介の筆名で『月曜の朝、ぼくたちは』(幻冬舎)や『さよならの週末』(幻冬舎)など著書多数。また本名の渋谷和宏の筆名では『文章は読むだけでうまくなる』(PHP)、『IRは日本を救う』(マガジンハウス)など。
TVやラジオでコメンテーターとしても活躍し、主な出演番組に『シューイチ』(日本テレビ)、『チャント!』(CBCテレビ)、『Nスタ』(TBS)などがある。