渋谷和宏の経済ニュース
第20回渋谷和宏の嫌でもわかる経済ニュース
2019.04.04
個人の信用力を点数化した「信用スコア」の活用が日本企業の間で広がっている。「信用スコア」に基づいて融資額の上限を決めるサービスが次々に出てきているのだ。通信アプリ大手のLINEは約7800万人の利用者一人ひとりの「信用スコア」を算出し、個人向けの融資(ローン)サービスを開始する予定だ。ヤフーやNTTドコモも「信用スコア」ビジネス参入に名乗りを上げている。「信用スコア」の広がりは社会をどう変え、エンジニアの仕事にどう影響するだろうか。
ネット通販での買い物の履歴やキャッシュレス決済での履歴、さらには過去の借り入れ状況などのデータを分析して、私たち一人ひとりの信用力つまり支払い能力を点数化する動きが今、日本企業の間で広がっている。個人の信用力を点数化したものを「信用スコア」と呼び、これに基づいて融資額の上限を決めるといったサービスが次々に出てきているのだ。
LINEは利用者7800万人の「信用スコア」を
通信アプリ大手のLINEは今年前半を目標に、約7800万人の利用者一人ひとりの「信用スコア」を算出し、個人向けの融資(ローン)サービスを開始する予定だ。具体的には
「利用者が入力したプロフィールなどの属性情報」
「LINEを使ったコミュニケーションの頻度」
「LINE上での人間関係(ソーシャルグラフ)」
「LINEを使って読んでいるニュースの内容や読んでいる時間」
「決済アプリであるLINE Payでの決済データ」
などの情報をもとに利用者の同意を得て「信用スコア」を算出し、その点数に応じて融資の可否を判断したり、利回りや上限の金額を決めたりする。利用者は自分の「信用スコア」をスマホで見ることができ、融資の申し込みから入金の確認まですべてスマホで行える。LINEは昨年11月、メガバンクのみずほフィナンシャルグループと提携して共同で銀行を設立すると発表、2020年の業務開始を目指している。今後はスマホの対話アプリを通して金融や電子商取引など様々なサービスを提供し、7800万人の利用者が持つスマホをいわば「生活サービスへの入り口」にすることで、日常生活のインフラを担う企業としての存在感を高めようとしているのだ。 利用者約7800万人分の「信用スコア」はその中核を成すデータに他ならない。
ヤフー、NTTドコモも参入
ヤフーも今年中の本格的な事業化を視野に入れて昨年10月、ソフトバンクやコスモ石油、アスクルなどと組んで、「信用スコア」ビジネスの実証実験に乗り出した。
その中身はこうだ。ネット通販での購買履歴や中古品オークションへの参加履歴、ニュースの閲覧や検索の履歴などを分析して、信用スコアを100点満点で算出する。ソフトバンクやコスモ石油、アスクルなどの提携企業はそれらの情報をもとに、サービス申し込みの簡略化や保証金の免除、先行予約、割引などの優先権をどの程度の「信用スコア」の人に提供するかなどを検討する。さらにその前提として「信用スコア」が高い人が本当に優良ユーザーなのかどうかも見極める。「信用スコア」を提携企業に提供する時には、もちろん利用者の許諾を得る。利用者が提携企業のサイトを訪れてヤフーIDでログインをする際、「信用スコア」の算出・提供に同意するかしないかを選ぶ仕組みだ。ヤフーは実証実験の狙いを「『信用スコア』を使ったID連携によって、ネットとリアルの融合を目指す」と語る。
さらにNTTドコモも、携帯電話料金の支払い履歴や利用状況などをもとに加入者の「信用スコア」を算出し、金融機関などに提供するサービスを始めると発表した。すでに新生銀行が顧客として名乗りを上げており、ドコモの契約者向けに無担保・少額融資サービスを提供する。融資の手続きはスマホで行い、キャッシュカードは不要だ。利用者はセブン銀行のATM(現金自動預け払い機)から24時間365日出金できる。「信用スコア」は融資を申し込んだ契約者の許諾を得て算出し、サービスの手続きだけに利用する。
「信用スコア」賛成4割の調査も
読者の皆さんはこうした「信用スコア」の広がりをどう思われるだろうか。「信用スコア」の活用は、金融機関にとっては焦げ付きのリスクを、利用者にとっては過剰債務のリスクを減らすだろう。一方で私たち一人ひとりの信用力が採点され、丸わかりになることに抵抗を覚える人も少なくないはずだ。興味深い調査がある。決済サービスを手がけるネットプロテクションズ(本社:東京・千代田区)が昨年9月、全国に住む720人の男女に対して「信用スコア」の広がりについてアンケートを行ったところ、36%が賛成(男性46%、女性25%)という結果が出た。性別・年代別で見ると、10代(15~19歳)の男性は72%が賛成だが、50代は33%、60代では25%だった。
賛成の理由は「真面目に生きている人が評価される社会は良い」が51%(複数回答)と最も多く、一方で反対と答えた人の理由では「個人情報の共有に抵抗がある」(51%)、「監視されているようで気持ちが悪い」(47%)が1、2位となった。
また「信用スコア」を算出するために提供できる情報については、年齢(提供できるとの回答が67%)や職業(同52%)、学歴(同45%)などは抵抗が少ないが、クレジットカードの信用履歴(同23%)や収入・口座残高などの資産状況(同18%)といった、私たち一人ひとりの信用力・支払い能力にかかわるお金の情報提供には抵抗が大きかった。
一言で言えば「信用スコア」の広がりについての賛否、評価は完全に二分されていると言えるだろう。
「信用スコア」が一生つきまとう中国
便利さやリスク低減とプライバシー保護との折り合いをどうつけるか、実は他山の石とすべき国が隣にある。中国だ。
中国では人生・生活のあらゆる局面で「信用スコア」がつきまとう。騰訊控股(テンセント)やアリババ集団などが、利用者のスマホでの消費額や学歴や人脈などの個人情報をもとに支払い能力を採点し、高得点者には「バス代がツケ払いOK」「充電器の利用が無料」など様々な恩恵を提供しているのだ。
このため買い物はすべてアリババ集団のキャッシュレス決済(アリペイ)で済ますばかりか、積極的に個人情報を提供する中国人も少なくない。
その一方で、個人情報の漏洩を疑わざるを得ない出来事が日常的に起きており、「住宅購入直後に、内装会社から売り込みの電話がかかってきた」といった話には事欠かない。加えて江蘇省蘇州、浙江省杭州などの地方政府が住民の信用スコアを算出する仕組みを導入し始めており、点数によって公共施設を借りやすくしたり、飛行機や新幹線に乗れなくしたりなど、政府が個人行動の監視や制約に活用し始めている。
それだけではない。今や政府主導で、年齢や職業、学歴、公共料金の支払い記録、決済状況、契約履行履歴、公共交通機関での振る舞いなど、それこそありとあらゆるデータをかきあつめて総人口約14億人の全「信用スコア」を算出しようという動きさえ出てきている。
クレジットカード社会の米国での状況も参考になるかもしれない。米国では借金の返済履歴や残高、クレジットカードの利用状況などをもとに国民の「信用スコア」が算出され、金融関連の取引はもちろん水道やガス、電気などのライフラインの契約のみならず、就職する時の信用度チェックにも使われている。
中国や米国の状況を踏まえると、今、私たちにとって重要なのは「信用スコア」を活用する範囲をどこまでに定めるか、もっと言えばどこで歯止めをかけるかの議論に他ならないだろう。
その点では「信用スコア」を算出したり、利用したりする場合は利用者の同意を得るという企業の取り組みは大前提となる。
さらにセキュリティーをどう担保するかも喫緊の課題だ。「信用スコア」が広がれば広がるほど個人情報の漏洩リスクは高まらざるを得ない。また漏洩した時の損失も大きくなる。
中国のような状況に陥らないためのセキュリティーシステムの構築に向けて、エンジニアが果たすべき役割はいっそう大きくなると言えるだろう。