渋谷和宏の経済ニュース

第19回渋谷和宏の嫌でもわかる経済ニュース


この年末年始の休みの期間中「これが平成最後の大晦日(正月)なんだ」などと感慨を抱いたり、ご家族や友人と話をされたりしたことが読者の皆さんにもあったのではないだろうか。
 実はそこには大きなビジネスチャンスが埋まっている。

「平成最後」にちなんだ年末年始商戦が活況

 年末から年始にかけて東京都心の繁華街など街は「平成最後」にちなんだ商戦で大賑わいを見せている。
 年末の歳暮商戦では百貨店やスーパーは平成を回顧するギフトを競うように打ち出した。高島屋日本橋店は「私たちの平成グルメ」と銘打ったギフトのシリーズを発売、バブル末期の平成2(1990)年ごろにブームとなった「ロゼワインのセット」などを取り揃えてキラキラした思い出に訴え、贈答だけでなく自家需要すなわち自分へのご褒美需要を狙った。
 総合スーパーのユニーも「平成スイーツ♡ストーリー」と銘打って、平成の30年間に流行したティラミスやクレームブリュレ、マカロンなどのスイーツギフトを発売、こちらも贈答のみならず自分用ギフトとしても提案し、主に30~40代の女性需要を開拓した。
 百貨店各社が年始商戦の目玉として売り出した福袋にも平成にちなんだメニューが目白押しだ。
 松屋銀座は「平成ドリーム福袋」というテーマを掲げ、平成の思い出を振り返り体験できるユニークな福袋を用意した。例えばバブル期(1986 年から1991 年ごろ)の流行語を商品名にした「『アッシー』『メッシー』『ミツグくん』福袋」は、スパークリングワイン付きの銀座
リムジンクルーズ、高級フレンチのディナー、1カラットのダイヤモンドリングという、まさに「アッシー」「メッシー」「ミツグくん」の3点セットを盛り込んだ。価格は税込み54万円だが、総額100万円に相当する内容だと言う。
 他にもバブル期に流行したファッションを追体験できる「おっけーバブリー福袋」や、平成の歌姫、安室奈美恵さんが着て流行した「アムラーファッション」などの詰め合わせ、「平成の流行をまとめて!トップス&ボトムス+シューズ福袋」など、これでもかとバブルの思い出に訴える。
 西武池袋本店も負けていない。平成の30年間に流行したスイーツ約15種類を店内の喫茶店で90分間堪能できる「平成スイーツブッフェ福袋」や、空中を飛ぶ球が投げられる野球盤、エンジン音にこだわったミニカー「トミカ4D」といった、平成の30年間で進化したロングセラーの玩具を詰め合わせた「昔ながらのおもちゃが平成でパワーアップ!福袋」などを用意し、「平成最後」のラインナップを充実させている。
 「平成最後」にあやかろうというのは百貨店やスーパーだけではない。
 山野楽器は昨年12月、音楽で平成を振り返る「平成音楽30年史」と題した特設コーナーを全店で展開し始めた。宇多田ヒカルや安室奈美恵、SMAPなどの楽曲を売り場に並べ、対象商品を購入するとポイントを5倍に加算する。CDのミリオンセラーが連発された時代のパワーにあやかり、「中高年だけでなく平成生まれの若い人にも『懐かしい』と足を運んでもらう」のが狙いだ。

「平成最後」が盛り上がるわけ

 小売り各社はなぜここまで「平成最後」の四文字を強調するのだろうか。一言で言えば消費者の琴線に触れると確信しているからだ。
 人はもともと時代の変わり目、節目には情緒的になりがちだ。過去を振り返ったり未来に思いを馳せたりしたくなる。
そんな機会を上手くとらえて時代の変わり目、節目にちなんだ商品やサービスを打ち出すと「なぜ今この商品・サービスなのか?」が消費者の胸にストンと落ちやすくなる。訴求効果がいつも以上に強まると言ってもいい。
 こうした効果を意識して狙ったマーケティング手法を「記念日商法」と言う。過去を振り返れば「記念日商法」が特需を生み出した成功例は少なくない。
 近い例では20世紀が終わり21世紀となった2000年から2001年にかけて、企業が相次いでミレニアム商品を発売し、消費を刺激したミレニアム特需がその代表だろう。
 食品メーカーに限っても、話題となったミレニアム商品がいくつも生まれた。
 江崎グリコは「20世紀と21世紀をつなぐ虹の橋をかけたい」というコンセプトを打ち出して「ジャイアントレインボーポッキー」を発売、従来のポッキーの10倍の大きさで1本の長さが20強センチ強、サイダーやカスタードなど7味7色を揃えてヒットを飛ばした。
 ハウス食品は21種類のスパイスを使った特製レトルトカレーを、東洋水産は「マルちゃん2001麺」という名前のカップラーメンを、サン
トリーホールディングスは1本50万円のウイスキー「ザ・センチュリー40年」を、キリンビールは「キリン21世紀ビール」を発売した。
 飲食店やホテルも「2000円で食べ放題」「2001円で飲み放題」といった忘年会・新年会のプランをこぞって発表した。
 余談だがミレニアム商戦は実は前年の1999年にはもう始まっていた。福岡市の焼き肉店が女性を対象に1999円で黒毛和牛が食べ放題の格安コースを発売して話題になり、1999円の日帰りバスツアーや、1999円のメガネへと便乗商品が広がっていった。
 これらは2000年になるとそれぞれ1円値上げして2000円バスツアーや2000円メガネへと変わり、ミレニアム特需の恩恵にあずかろうとする商魂のたくましさを象徴する事例として、再び話題になったものだった。

バブルの残像が今の消費意欲を刺激する

 今回の「平成最後」の「記念日商法」はミレニアム商戦のように盛り上がるだろうか? 
筆者はミレニアム商戦を上回るのではないかと期待している。
 私たちが慣れ親しんできた平成が終わるのだ。古いページが閉じられ、新たなページがめくられる節目の感覚は私たちの消費意欲を強く刺激するだろう。しかも昭和から平成に変わった時の自粛ムードはない。
 加えて今回の「記念日商戦」には強い訴求力を持つキーワードがある。本論ですでに何度も登場したバブルだ。
 株や土地などの資産価格が高騰し、かつてない好景気に沸いたバブル経済は先に触れたように1986年に始まり1991年に終わった。
元号にすると昭和61年から平成3年までだ。以降、日本経済は「失われた20年」などと呼ばれる不況・停滞期に入る。つまり平成の30年間はほとんどが経済的には逆風に吹かれていたのだが、キラキラした平成初めの残像はやはり鮮やかで、平成最後の年末年始商戦がバブルに焦点を当てているのは当然だとも言えるだろう。
 そのバブルの三文字が私たち消費者にどんな感情をかき立てるかと言うと「非日常のワクワク」だ。
 この感情は私たちの消費意欲を強く刺激する。と言うのも私たちは自分自身の中に2人の消費者を抱えている。日常のモノは賢く買う節約する消費者と、生活の句読点になる特別な時には自分へのご褒美として出費も厭わない消費者だ。バブルというキーワードがもたらす「非日常のワクワク」は後者の消費意欲を強く刺激する。
 さらに言えば日本人の収入はようやく上がってきた。厚生労働省が2018年11月下旬に発表した2018年の賃金引き上げに関する調査結果によれば、定期昇給やベースアップ(ベア)による賃上げ額は平均で月額5675円に達し、比較可能な1999年以降で過去最高を2年続けて更新した。プチ贅沢を楽しめる程度には財布のひもをゆるめられる条件が整ってきているのだ。

「記念日商戦」の存在が示唆すること

 もちろんこの見方には筆者の希望的観測も込められている。とはいえ、いずれにしてもこれだけは言えるだろう。「記念日商法」の隆盛は人々の消費行動が必要性よりも今や思いや感情に強く左右されるようになった事実を示唆している、と。
 モノに満ち溢れた先進国の日本に住む私たちにとって必要性による消費の割合はもはやそれほど大きくはない。この傾向は今後もますます強まっていくに違いない。
 だとすれば今後、「人はどんな時に感慨を抱き、情緒的になるのか」「過去を振り返ったり未来に思いを馳せたりしたくなるのか」「生
活に句読点を打ちたくなるのか」─そんな人間理解が消費に携わるあらゆるビジネスパーソンにとって重要になっていくだろう。商品開発はもちろん販促支援システムなど支援ツールの開発に携わるエンジニアにとっても、それは例外ではないはずだ。

shibuya

(2019.1.4)

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