外食産業に今、かつてない動きが生じている。お好み焼やラーメン、牛丼など健康や美容とはあまり縁がなかったメニューを主力とする外食チェーンが、「ここまでやるの?」と言いたくなるような健康志向を前面に打ち出した取り組みを次々に始めているのだ。背景にはますます高まる消費者の健康志向がある。超高齢化と情報化によってかつてない次元にまで高まった健康志向─それは企業や私たちの仕事をどう変えていくのだろうか。
消費者の健康志向はかつてない次元に
新たな勝ち組・負け組を生む消費の新潮流
「お好み焼道とん堀」を全国に展開する最大手のお好み焼チェーン、道とん堀はこの4月から5月にかけて、「お好み焼は実は健康に良い」をアピールする一風変わったキャンペーンを東京・原宿で展開した。他の外食店、例えばファミリーレストランやラーメン店、ファストフード店などで食事した時のレシートを道とん堀のその店舗に持ってくると、店舗にいる栄養士がレシートに記載されたメニューの栄養価を測り、足りない栄養素のサプリメントを無料で提供したのだ。「ラーメン店のネギラーメンではビタミンCが足りないので、ビタミンCのサプリメントを差し上げます」といった具合だ。
それだけではない。キャンペーンではサプリメントに加えて、お好み焼の新メニューの割引券も来店者に配布した。4月に投入した新メニューの「ベジ盛り玉」は野菜の量をこれまでの2倍に増やし、「厚生労働省が目標と定める1日の野菜摂取量350グラムをひと玉で摂取でき、ビタミンやミネラルなど主な13項目の栄養素もかたよりなく摂れる」という。
つまりサプリメントと割引券を同時に配ることで「他の外食のメニューでは必要な栄養素を必ずしも補えませんが、新しいお好み焼は健康志向に応えるメニューですよ」と消費者に訴えたのだ。また新メニュー導入に合わせて、道とん堀では具材に使う野菜を全て国産に切り替え、安全性のアピールにも努めた。背景にあるのは、このままではますます高まる消費者の健康志向に取り残されてしまいかねないという危機感だ。
お好み焼にはどうしても高カロリーのイメージがつきまとう。実際には中に入れる具材などによって1玉で800kcal以上にも400kcal以下にもなり、一概に高カロリーだとは言えないのだが、体重を気にする女性やメタボ(メタボリックシンドローム)が気がかりな中高年からは、どちらかと言えば敬遠されてしまいがちなメニューだ。道とん堀はこうしたイメージを何とか払拭しようと、今春から「おいしいヘルシー」を経営のスローガンに掲げ、これまでにないキャンペーンを仕掛けたのだ。
ラーメン・牛丼店も健康志向を前面に
脱高カロリーを打ち出し、健康・美容に良いと訴え始めたのはお好み焼チェーンだけではない。
牛丼チェーンの吉野家はこの春、昨年発売した「ベジ丼」に改良を施し、健康イメージをさらに強く打ち出した。「ベジ丼」は牛や豚の代わりにオクラやブロッコリー、ニンジン、 キャベツ、タマネギなど10品目の野菜をのせた丼で、カロリーは399kcalと牛丼並盛の666kcalよりもずっと低い。さらに「厚生労働省が推奨する1日に必要な野菜の量の半分を1杯で摂れる」も売り物だ。
ラーメンチェーンも負けてはいない。ラーメン店「一風堂」を国内・海外で運営する力の源カンパニーはこの4月、糖質の量を通常の麺の半分に抑えたラーメンや、麺の代わりに豆腐を入れたメニューが売り物の店舗を東京・新宿に開店した。3月に麺の代わりに豆腐を入れたメニューを期間限定で発売したところ好評で、新店舗の看板メニューに掲げたのだ。狙いはもちろん「ラーメンは糖質・脂質ともに多く高カロリー」というイメージの払拭にある。
糖質制限を売り物にする外食は他にもある。「長崎ちゃんぽんリンガーハット」を展開するリンガーハットジャパンは昨年4月から一部を除いた全店舗で、ちゃんぽんのように見えるが実は麺が入っていない「野菜たっぷり食べるスープ」をメニューに導入した。カロリーは433kcalと通常のちゃんぽん(632kcal)の約3分の2で、480グラムの野菜が入っている。牛や豚ではなく野菜がのった丼、麺の代わりに豆腐や野菜が入ったメニュー、思わず「ここまでやるの?」と言いたくなってしまうような新商品を、手軽さや食べ応えが売り物だったファストフード系の外食チェーンまでもが次々に導入する。理由はもちろん、それだけ消費者の健康志向が強まっているからに他ならない。日本政策金融公庫が今年1月に実施した消費者動向調査(2015年度下半期)によれば、食べ物を選ぶ時に健康を重視する「健康志向」の割合は前回調査から0.7ポイント上昇して41.7%に達し、値段を重視する「経済性志向」(36.4%)や手軽さ便利さを重視する「簡便性志向」(31.2%)を上回り、2年連続で最多となった。2014年4月の消費増税以降、物価を考慮に入れた実質賃金は減少傾向にあり、「経済性志向」が高まってもいい経済環境であるにもかかわらずだ。また飲料や味噌など食品・調味料のシエア調査を見ても、糖分を抑えた飲料や減塩の味噌が上位に来る傾向は近年ますます強まっている。
決して大げさではなく消費者の健康志向は過去最高レベルに達していると言えるだろう。とすれば牛丼チェーンや大手ラーメンチェーンが「健康志向のトレンドに乗らないと生き残れない」と考えるようになってもおかしくはない。実際、業界関係者にとっては「他山の石」となりそうな実例も出てきているのだ。
シニアと女性、2大消費リーダーが健康志向を牽引
行列ができるドーナツ店として名を馳せたクリスピー・クリーム・ドーナツにかつての勢いがみられない。
1937年にアメリカで創業したクリスピー・クリーム・ドーナツは、2006年にロッテなどの出資によりクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンを設立し日本に上陸、東京・新宿サザンテラスに第1号店をオープンした。
当初は行列が絶えず、20分、30分待ちも珍しくなかった。その人気に背中を押されるようにしてクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンは関東から名古屋、大阪、京都へと出店エリアを拡大していった。
しかし2016年以降、福岡県内の5店舗などが相次いで閉店して店舗数を減らしており、2015年11月時点で全国に64店舗あったのが、2016年3月31日には49店舗にまで縮小している。「日本1号店として2006年12月にオープンした新宿サザンテラス店が10周年を迎えるにあたり、事業基盤の見直しと強化を図るため閉店を決めた」というのが同社の説明だが、背景に「ドーナツは高カロリー」とのイメージを払拭できず、消費者の健康志向をつかみきれていない課題が存在するのは間違いないだろう。
それにしてもなぜここまで健康志向が強まったのか。日本のみならず欧米など先進国に共通する食のトレンドとはいえ、低カロリーで体に良いとされる食べ物への志向は日本がやはり突出している印象がある。外食のみならず出版界でも『糖質制限の真実 日本人を救う革命的食事法ロカボのすべて』(山田悟著、幻冬舎新書)など健康と食を扱ったベストセラーが次々に生まれている。テレビでも健康を題材にした番組が高い視聴率を得ている。手前味噌を言えば、三雲孝江さんと私とでMC(司会)を務める情報番組『土曜ニュースまるわかり!』(BS-TBS・土曜AM11:00~11:54)でも健康関連は人気のコンテンツだ。吉野家は「ベジ丼」で健康イメージを訴求大きな理由の1つはやはり高齢化だろう。総務省によれば日本の65歳以上(高齢者)の人口は2015年9月15日時点で3384万人、全人口に占める割合(高齢化率)は世界1位の26.7%に達する。高齢になれば健康に関心を持たざるを得なくなるのは自然な流れだ。
加えて今のシニアは日本の消費リーダーに他ならない。日本人が個人として保有している預貯金や投資信託などの金融資産の総額1706兆円(2015年度末)の約6割を60歳以上が持っているのだ。その購買力を取り込もうと、外食などの企業がこぞって健康志向を強めるのもまたごく自然な成り行き―合理的な選択だと言えるだろう。
そして、そのような企業の変化─ 新メニューの発売やキャンペーンなどの情報はネットとりわけフェイスブックやツイッターなどSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)によって拡散され、女性や若者など他の幅広い世代にも共有されていく。もとより健康や美容に関心を持つ女性は多いし、そうした志向を持つ若者も一定数はいる。企業の変化が他の幅広い世代の健康志向を刺激・増幅し、かつてないレベルへと消費者の健康志向が高まっているのだ。さらにここ数年、「カロリー制限より糖質を制限する方がダイエット効果は高い」「シニアになったら肉はむしろ多めに食べないといけない」といった、これまでの食と健康についての常識を覆すような学説も次々に登場し、話題になったのも健康志向の高まりを後押ししているに違いない。
では、こうした変化は今後、企業や私たちの仕事にどのような影響をもたらすだろうか。まず外食について言えば、メニューを変えるだけではなく、その勢力地図をも塗り替えていくだろう。健康志向をとらえきれない企業が他社の傘下に入ったり、市場から淘汰されたりする事例はますます増えるに違いない。他の産業・業界でも、例えば「ブルーライトの発光を抑え、目の病気である黄斑変性症のリスクを減らした家電製品」「腰に優しい自動車の座席」といったように、健康を意識した製品・商品開発が望まれるようになっていくだろう。より健康的な生活を送るためには身の回りの物はどうあるべきか、それがより強く問われるようになると言い換えてもいい。人々をより健康にするためにはどうあるべきか、どうしたらいいのか、外食のメニュー開発からサービスの提供、モノづくりまで、多くの仕事にそれが問われるようになるはずだ。