ホリスティック・マーケティング
現在のマーケティングはホリスティック・マーケティングへと進化している。
“Holistic” というのは、全体論的、全人的な、統合的といった意味である。 従来のマーケティング・コンセプトが無力という訳ではない。簡単にその進化を振り返ってみよう。
人口が増加するなど市場が成長期にある時、求められる戦略は、誰でもが購入できるように、大量生産、コストダウンが求められる。
GDPが一定の規模に達し、買い替え需要が始まると、顧客はより高い品質、性能を求めるようになる。選択できることが豊かな時代の象徴となる。生産コンセプトである。 市場が成熟に向かうと、より積極的なマーケティングが求められる。機能的に優れ良いものを提供するだけでは、売上拡大は見込めない。市場を広く求め、ラインアップの拡大、エントリーアイテムやエントリー価格の導入、広告、DM、キャンペーン、口コミなど隙間なく顧客をカバーしようとする。販売コンセプトである。
しかし、それでは効率が悪い。また、市場自体も高齢化や格差などで社会変化を起こしつつある。
そこで売上の規模の重要だが、収益性がより求められるようになる。ターゲットをセグメントし、更に絞り、ニーズを特化し、高価格でも継続して購入する顧客層を組織化する。あるいは、特定のドメインにおいて参入されない状態を築く。ブランド価値で差別化を図る、といった戦略が求められる。 マーケティング・コンセプトの段階である。
市場(時代)はさらに進化する。顧客自身が開発や販売に参加するようになる。ユーザーイノベーションである。SNSなどが広まり生活者の声が製品やサービスの販売動向に影響を及ぼすようになる。サステナビリティに合致した製品やサービスを選択する層が一定規模で生まれてくる。政府や株式市場にも同様の動きが出てくる。ブラック企業の製品やサービスはボイコットするなど、そうした時代にマッチした戦略が求められるようになる。これまでのマーケティング・コンセプトを総動員し、さらに新たな発想で臨んでいかなくてはならない。これがホリスティック・マーケティングである。
ホリスティック・マーケティング・コンセプトとは、「①統合型マーケティング」に加え、「②リレーションシップ・マーケティング」「③インターナル・マーケティング」「④社会的責任マーケティング」を加え全体論的に取り組むマーケティングである。
「①統合型マーケティング」については、4P(Product、Price、Promotion、Place)が代表的である。4Pというと、古めかしいとか伝統的すぎる、私でも知っている、という方も多いだろう。しかし、4Pはプロダクト・ライフサイクル戦略と組み合わせなければ意味がないということを認識している人は意外と少ない。プロダクト・ライフサイクルというのは、導入・成長・成熟(成長成熟期、安定成熟期、衰退成熟期の3つに分かれる)・衰退の4段階があり、それぞれで4P戦略は異なってくる。ライフサイクルは11種類あるといわれているが、重要なことは、ライフサイクルを予測すること、新たなライフサイクルをどのタイミングで作り出すかである。より良い製品やサービスであってもタイミングを間違うとヒットしないことが多々ある。健康ブームの先駆けである花王のヘルシアも4P戦略とライフサイクル戦略を十分に議論したものであることを認識すべきである。
多くの企業はヒットしたものがあると、その成功モデルに固執してしまうことがある。コンピテンシートラップである。永久に売れるものはないし、市場は進化する。当然、ライフサイクルも変化する。既存の儲ける仕組みを先行して変化(進化)させることが戦略の基本でもある。
「②リレーションシップ・マーケティング」という言葉は1983年に生まれた。当初は、新規顧客の開発より既存顧客内のシェアを高める方が効率的であり、また顧客をセグメントしなければ投資効率が悪い、という問題意識からスタートしている。現在においては、リレーションシップは顧客が開発に参画するだけでなく、すべてのステークホルダーとの親和性を高めていくものとなっている。よく知られたサービスとしてアマゾンのレコメンデーションシステムはその一つである。顧客は左の図に示したとおり少なくとも6種類に区分される。それぞれの顧客に対し、どのような親和性を構築していくかはあまり議論されていない。パートナー顧客とは、株主になったり開発協力をしてくれるような顧客である。代弁者は自社に代わって営業をしてくれるような顧客である。実のところこれが大きい。ほとんどのビジネスは人間関係で決まってくるのではないか。「いいね」を押してくれるのは支持者かもしれないが、信頼性は乏しいかもしれない。会員になるなど一定ベネフィットを感じている顧客を支持者と定義すべきだろう。筆者が記憶する限りでは、非顧客に目を向けろと最初に提言したのはP・F・ドラッカーである。その後、ブルーオーシャン戦略などが出てくる。これは競争が激しくなると、ついつい既存顧客中心の資源配分になってしまうことへの問題提起である。ドラッカーは市場を創造すること(create a customer)がマーケティングであると定義している。創造すべきは、どのような機能的・心理的ベネフィットを提供することで代弁者やパートナーになっていくかのシナリオをデザインすることである。
「③インターナル・マーケティング」は、従業員も顧客であるという意識に加え、すべの活動が顧客(市場)のためになっていること、すべての従業員が顧客志向であることをいう。売上は営業部門の役割といった意識が問題である。事務的な業務もそれが顧客を向いたものでなければ見直すべきだという考え方である。この考え方はC・グルンルースに代表される北欧型マーケティングといわれるものである。読者にも一考いただきたいが、クレームの多くは製品やサービスそのものより、その前後で発生していることが多い。製品やサービスの交換による価値、たとえばECサイトでの購入もそうであるが、そこには価値の創造はない。4Pの一つである “price” も、安価にすれば一時的には顧客を引き留めることはできても長期的な関係、親和性を構築するものではない。関係性の観点から考えれば、マーケティングの焦点は価値の伝達ではなく、価値の創造または価値の形成であるべきであり、それは価値を創造するプロセスにヒントがある。それを担うのは単にマーケティング部門だけではないはずだ。
“Hiddenservice”(隠れたサービス)と呼ばれているが、価値創造プロセスに隠れたサービスを組み込むことが顧客との新たな関係性を構築することになる。 この思想は日本の商道に似ているものを感じる。
「④社会的責任マーケティング」は、コーズリレーティッド・マーケティング(causerelated marketing) のように商品やサービスの収益の一部を寄付するなど、消費者も貢献できる仕組みをいう。CSRもこの領域に入る。
社会的責任マーケティングについては、ソシアル・マーケティング学会という組織がすでに存在し、グローバルで活動が展開されている。今年4月には京都で国際学会があり、この9月にはフィンランドで、さらに2017年5月にはワシントンで開催される。私は京都で、この学派を代表するジェフ・フレンチ教授と会う機会を得たが、民主的資本主義を一歩進める活動であり、社会の方向性に大きく影響を与える動きであると感じた。国際標準の領域では欧州のISOという戦略に対して日本は遅れをとったが、派遣労働法、ブラック企業、外国人労働受け入れなどの実態を見ると、この領域においても大きく遅れをとりそうである。
戦略論に言及していないのは、マーケティングと戦略を切り離して考えること自体が実際的でないからである。ビジネスモデルを創造していく上で、戦略論でいうリソーシズ(resources)とマーケティングでいうベネフィット(benefit)を、バリューチェーンを再構築してゆきながら価値創造プロセスを生み出し、新たなバリューチェーンを構築していくことが欠かせない時代に突入している。
そして何よりも求められるのは、挑戦をするマインド、スキル(知識など)、そして「場」である。場というのは実験である。仮説をもって市場で実験し、その反応を自らの目でじっと観察し、検証し、そして再仮説を立て実験を繰り返すことである。その試行錯誤を繰り返してセンスは鍛えられる。