決済読者の皆さんは買い物をする時、現金での決済か、クレジットカードやプリペイドカードのような現金以外での決済かのどちらが多いだろうか。私はアマゾンなどネット通販での買い物以外はほとんど現金決済だが、来年にはそれが時代遅れになってしまうかもしれない。
政府は今、現金以外での決済の増加を目標に掲げている。今年発表した「未来投資戦略2017」では「2027年までに現金以外での決済の比率を現在の2割台から4割以上へと増やす」計画を盛り込んだ。
キャッシュレス決済(脱現金決済)を進めてキャッシュレスに慣れた外国人観光客をさらに増やし、「2020年に訪日外国人旅行者4000万人」の目標を達成して観光立国を実現するのが狙いだ。さらにキャッシュレス決済では金銭の授受のデータが必ず残るので、脱税を防ぐ効果も政府は期待している。
そんな政府の動きを踏まえて、企業も続々と現金を使わないスマホ決済サービスを打ち出している。「買い物はスマホ決済が当たり前」の時代がすぐそこまでやってきているのだ。
ドコモはローソンと共同でスマホ決済
産経新聞は8月14日付の紙面で「NTTドコモが今年度中にスマホでの決済のサービスをローソンなどと共同で始める」と報じた。
NTTドコモが提供するのは、QRコードすなわち白黒のモザイク模様で示される四角形のコードの読み取りによる決済サービスだ。利用者は専用のアプリをダウンロードし、画面に表示したQRコードを店頭で読み取ってもらうだけでローソンなどでの買い物の代金支払いが完了する。それらの代金は月々の携帯電話料金と合算して支払う仕組みなので、クレジットカードの登録など追加の手続きは必要ない。ドコモのポイントであるdポイントを支払いに充てられるようにもするという。QRコードは、利用者にも店舗側にも負担をかけないで済むため、キャッシュレス決済の切り札として期待されている。
利用者はただアプリをダウンロードするだけで済み、かつ店舗側も今使っているバーコードリーダーで読み取れるので追加のコストがほとんどかからない。専用の読み取り機を新たに導入しなければならない電子マネーとは対照的だ。さらにQRすなわちクイック・レスポンスの名の通り、ウェブサイトに接続するための英字や数字などの情報を小さくまとめて表示するので読み取りが速いのも強みだと言えるだろう。QRコードを使ったスマホ決済サービスには、昨年10月に楽天が始めた楽天ペイがすでにある。ネット通販の決済の仕組みをリアル店舗に導入したサービスで、ローソンなどで利用できる。またベンチャー企業のOrigamiが手がけるオリガミペイもQRコードを使い、ワタミが展開する居酒屋の一部店舗などで利用可能だ。とはいえ日本国内ではスマホ決済はまだほとんど浸透していないのが現状で、他の先進国や中国よりずっと遅れている。それがNTTドコモの参入で普及に弾みがつくのは間違いないだろう。
中国のアリババ集団も上陸
さらに8月16日付の日本経済新聞は、中国ネット通販最大手のアリババ集団が来春にも、日本でスマホ決済サービスを始めるとの記事を一面に掲載した。
アリババ集団は2004年から中国で支付宝(アリペイ)と呼ぶスマホ決済サービスを提供しており、その利用者数は約5億人に達するという。中国では街角の屋台でもスマホで決済できるほどキャッシュレス決済が進んでおり、アリババ集団の支付宝(アリペイ)はその立役者の一つと言っていい。
日本で始めるスマホ決済サービスも支付宝(アリペイ)と同じ仕組みで、買い物客はスマホに表示されたQRコードを店頭に置いてある専用端末などで読み取ってもらうだけで決済が終了し、代金は買い物客の銀行口座から引き落とされる。支付宝(アリペイ)を利用できる人は、現在では中国の銀行口座を持つ人に限られるが、来春から始める日本でのサービスでは国内銀行の口座にも対応できるようにするという。
アリババ集団は中国人旅行者が日本国内で買い物をする時に支付宝(アリペイ)を利用できるように、すでにコンビニや家電量販店、百貨店、居酒屋などを中心に提携店舗網を広げている。これらの店舗網は日本人向けの決済サービスを始めるうえでの足がかりになるだろう。
アリババ集団は「3年以内に1000万人の利用を目指す」との強気な目標を掲げており、支付宝(アリペイ)の日本バージョンが国内のスマホ決済市場の起爆剤になる可能性がある。
新たなスマホ決済サービスを導入する動きはまだある。
横浜銀行は今年7月、はまPayと呼ぶスマホ決済サービスを始めた。横浜銀行と契約した加盟店での買い物が対象で、専用のアプリをダウンロードすると、買い物をする時に暗証番号を入力するだけで支払いが完了する。代金は横浜銀行が利用者の預金口座から引き落とし、翌日、加盟店の口座に入金する仕組みだ。こちらもクレジットカードの登録など新たな手続きは必要なく、スマホさえ持っていればサービスを利用できる。
背景にあるのは日本市場の” 伸びしろ” の大きさ
現金での買い物を一気に時代遅れにしてしまうようなスマホ決済サービスへの参入ラッシュ、背景にあるのは「スマホ決済サービスの伸びしろが日本ではまだ極めて大きい」との企業の期待だ。
周知のように日本は世界に冠たる現金決済の国で、キャッシュレス決済の割合は相対的に低い。買い物などに占めるキャッシュレス決済の割合はイギリスでは64%、スウェーデンでは56%、アメリカでは50%、中国では48%に達するのに対して、日本では26%に過ぎない。
このためスマホ決済サービスの市場規模も小さい。中国ではスマホなどのモバイル端末を使った決済サービス市場は今年中に15兆元(約250兆円)に達するとの予測がある一方、日本国内の電子マネーによる決済サービスの市場規模は今年、5兆6000億円にとどまる。(野村総合研究所の調べ) それは逆に言えば、スマホなどを使ったキャッシュレス決済サービスの成長する余地が大きい可能性を意味する。政府が「2027年までに現金以外での決済の比率を現在の2割台から4割以上へと増やす」と打ち出した追い風を受けて、今や参入ラッシュの状況を呈しているのだ。
ではこうした動きは私たちの仕事にどんな影響を与えるのだろうか。
まずユーザーインターフェースなどスマホの使い勝手をさらに向上させる技術へのニーズがますます高まっていくのは間違いないだろう。
総務省の平成29(2017)年版情報通信白書によればスマホの普及率は20代、30代では9割を超えているのに対して60代では33.4%、70 代では13.1%に過ぎない。
シニア世代ではスマホ所有者がいまだに圧倒的な少数派である理由は、一言で言えばハードルが高いからだ。「機能が複雑すぎる」「操作が難しい」「下手に触ると壊れてしまうのではないかと不安」との印象をスマホに対して抱いているシニアはまだ決して少なくない。
この状況はスマホ決済サービスの普及を阻む壁になりかねない。
連載でも何度か触れたように、日本の個人金融資産(2017年3月31日時点での総額は1809兆円)の6割強を60歳以上が持っている。今やシニアは消費リーダーであり、スマホ決済サービスを普及させるには彼ら彼女らの利用が不可欠だ。そのためにはシニアのスマホ所有率を上げなければならない。
では、どうすればそれを実現できるだろうか。利用料金を下げる、複雑な契約形態をもっと分かりやすくする……やらなければならない課題はいくつもあるが、やはり最大の課題は、ユーザーインターフェースなど使い勝手をさらに向上させ、「操作が難しい」印象を払拭する、だろう。 さらにセキュリティーを保障する技術へのニーズもより強まるに違いない。スマホ決済サービスが普及すれば、不正アクセスによって勝手に買い物をされてしまったり、個人情報を盗まれてしまったりするリスクや懸念は高まらざるを得ないからだ。
日本で現金決済の割合が大きい理由として、治安が良く現金を持ち歩いても安全だからだとよく言われる。近い将来、必ず到来するだろうスマホ決済サービスが当たり前となった社会の安全を担保するうえで、エンジニアの果たす役割は大きいと言えるだろう。