同志社大学STEM人材研究センターの中田喜文です。
本コラムでは、日々技術者について研究を進める中で出会った色々な数字を、毎月1回程度ご紹介しています。
今月は、技術者のやりがいについてお話します。技術者は何にやりがいを感じ、どういう場合にやりがい感を喪失するのでしょう。
ここで今月のクイズです。
さて、下記の技術部門の3職種について、仕事にやりがいを感じる最も重要な2つの要因を下記の空欄AからFに正しく埋めてください(電機連合意識調査から)。とは言え、すべて自分で考えるのは少々難易度が高すぎるので、そこでヒントを2つ。
- ヒント1:同調査で事務職の仕事やりがい感を回帰分析すると、第一要因が「能力発揮度」で第二要因は「仕事の面白さ」
- ヒント2:分析の結果、仕事やりがい感を規定するのは、以下の8つの要因に限定されます。
①能力発揮度、②仕事の面白さ、③仕事重要度、④職場の人間関係、⑤報酬・地位、⑥仕事独創性、⑦社会貢献性、⑧仕事との相性
今月のクイズ:技術部門3職種の仕事やりがい感の要因AからFを正しく埋めてください。
正解発表の前に、そもそもなぜ今回、みなさんに仕事やりがい感について考えていただきたいのか、その理由をお話しします。
Vol.6 「誰が転職しているのだろう?」では、21世紀に入って技術者の企業間の移動が高まってきたこと、そしてそのことが近年では技術者の労働条件改善にプラスの効果をもたらし始めていること、これらのことを紹介しました。しかし、技術者の離転職はいいことばかりでしょうか。それまで働いていた企業にとって彼らが辞めていくことは良いことでしょうか。大切なプロジェクトが進行中に、そのメンバーの誰かが辞めるとどうなりますか。それまで彼ら・彼女らが、プロジェクトチームに提供していた知識と技術は、社内のだれかが代替できるのでしょうか。そうです、長年一緒に働いてきた仲間が去ることは、組織にとっても、チームにとっても、様々な不都合を発生させます。これらの不都合を経営的に述べると、「他者では不完全にしか代替できない人的資源の喪失」となります。マイナス面は企業にとってだけではありません。転職する当人にとっても様々なコストが発生します。先ず転居が必要になるかもしれません。新しい会社では、プロジェクトの進め方も、メンバーの働き方も、そして仕事の評価方法も違うかもしれません。プロジェクトメンバ-だけでなく、所属するグループの特性やメンバーの能力・知識・経験を理解しないと、新しい職場で自分に与えられた職務を遂行するのは難しいでしょう。さらには、今まで蓄積した知識と技術を新しい組織の中で生かすには、新しい知識と技術の習得も必要になるでしょう。つまり、転職には、時間も労力も、そして経済的なコストも発生します。これらのことを考えると、技術者と組織のミスマッチをすべて転職で解決するのは賢明な対応ではないのかもしれません。ではどうするか?
そもそも転職するのはなぜでしょう。企業の経営不振や事業再構築で担当職務が無くなり、やむなく転職することもあるでしょう。家族の都合で転職することもあるでしょう。しかし、自主的に転職するのは、様々な理由で仕事にやりがいが感じられなくなる場合です。
図1は、2015年末から2016年初頭にかけて、電機連合が行った技術職意識調査から作成した、仕事やりがい感の分布図です。この図は男性に関する図ですが、女性の場合も個別の数値は若干異なりますが、大きな傾向は同じです。日本の電機・通信機器製造業や情報通信業に働く技術者では、高い仕事やりがい感を持つ割合は10%程度です。むしろ大半の技術者は「まあ、やりがいがある」と答えています。この層も、基本的には今の仕事にやりがいを感じていると考えれば、転職予備軍は、残りの「あまりやりがいがない」あるいは「まったくやりがいがない」グループとなります。下図からハードウェア技術者についても、ソフトウェア技術者についても共に、4人に1人がそのグループに属することがわかります。しかし、技術者でも管理的仕事を始めると「やりがい感」が高まる結果、この転職予備軍は半減します。では、技術者は何にやりがいを感じ、どういう場合にやりがい感を喪失するのでしょう。
もう一度今月のクイズに戻ります。
技術部門3職種の仕事やりがい感の要因AからFを正しく埋めてください。下記のヒント2に8つの選択肢がありますので参考にしてください。
- ヒント1:同調査で事務職の仕事やりがい感を回帰分析すると、第一要因が「能力の発揮度」で第二要因は「仕事の面白さ」
- ヒント2:分析の結果、仕事やりがい感を規定するのは、以下の8つの要因に限定されます。
②仕事の面白さ、③仕事重要度、④職場の人間関係、⑤報酬・地位、⑥仕事独創性、⑦社会貢献性、⑧仕事との相性
では、解答です。第一要因は、3つの職種に共通でした。「仕事の面白さ」です。少し意外な解答でしょうか。扱う技術がハードかソフトか、あるいは管理されるか管理するかに関係なく、技術職はみな専門職として、仕事の内容が一番大切なのですね。面白いのは第二要因です。先ず管理職では、「仕事重要度」でした。いつも組織のことを考える立場がこうさせるのでしょうか。しかし、ソフトウェア技術者では、「報酬・地位」、つまり処遇の良し悪しです。同志社大学STEM人材研究センターが行った研究でも、世界の主要国と較べて、日本のソフトウェア技術者の労働条件が良くないことがわかっています。ソフトウェア技術者の第二要因は、この実態を反映しているのかもしれません。そして、ハードウェア等その他技術者です。彼らにとっては、「能力発揮度」でした。技術を大切にする技術者らしい要因ですね。また、ハードウェア等その他技術は多岐に渡ります。その多様性ゆえに、保持する技術と担当する職務が必要とする技術とのマッチングがより重要となるためでしょうか。
表2 技術部門3職種の仕事やりがい感の規定要因:解答
如何ですか。6つの内、幾つ正解できましたか。私にとっての最大の発見は、技術者にとっての仕事の面白さの大切さです。このことは、技術者を雇用する企業にも意識していただきたい点です。技術者が「仕事が面白い」と思えなければ、仕事をやめていく可能性が高まります。技術者不足の今日、技術者に「ここの仕事は面白い」と思わせることが出来なければ、必要な人材、優秀な人材の採用や雇用継続は難しいでしょう。また、これまで採用、訓練、そして経験といった技術職への人的投資が無駄になってしまいます。労働条件の改善や納得度の高い評価制度に加え、仕事を面白く感じさせる施策を考えることも経営者のこれからの大切な仕事になるでしょう。
同志社大学STEM人材研究センターの目的の一つが、「科学技術の領域で活躍する方々がより創造的に活躍できるための環境と施策の構築に資する」研究を行うことです。日本の科学技術発展のためにも、多くの技術者が適材適所で活躍できる環境作りに寄与できる研究を行っていきたいと思います。