「破壊者アマゾン」─何だか穏やかではない言い方だが、アメリカでは今、ネット通販最大手のアマゾン・ドット・コムをデストロイヤー(destroyer)あるいはディスラプター(Disruptor)などと呼ぶ流通業関係者が増えている。
アマゾンに顧客を奪われ消えるリアル店舗
デストロイヤーとはまさに破壊者の意味だ。一方、ディスラプターとはアメリカの著名なSF・ホラー作家エドモンド・ハミルトンのスペースオペラ「スターキング」に登場する架空の兵器のことで、標的をそれが存在する空間ごと消し去る破壊力を持つ。ここから転じて、デジタル技術を活用し、他の業界から突然参入してきて顧客を奪い取っていく企業を意味するようになった。
アマゾンは破壊者あるいは究極の破壊兵器だというわけだ。
アマゾンはなぜそう呼ばれるようになったのか。急成長を続け、その市場支配力が増すにつれて、アマゾンの「リアル店舗食い」がアメリカではいよいよ激しくなっているからに他ならない。
アマゾンの台頭によってアメリカでは顧客を奪われた百貨店やスーパーなどの閉店、倒産が急増している。
大手百貨店のシアーズは昨年1月、全米で約150店舗の閉鎖を計画していると発表した。
売上高の減少で不採算店を抱える余裕がなくなってしまったのだ。2月にはやはり大手百貨店のJCペニーが同じ理由から130~140店舗の閉鎖と約6000人の希望退職者の募集を発表した。
3月にはカジュアル衣料専門店のアバクロンビー&フィッチが約60店舗の閉鎖を発表、4月にはラルフローレンがニューヨーク五番街の旗艦店を閉鎖した。
閉店・倒産ラッシュは今年に入ってからも続いており、3月には玩具販売大手のトイザラスがアメリカ国内の全735店舗を閉鎖し、アメリカでの事業を清算するとのショッキングなニュースが全米を駆け巡った。
トイザラスはアマゾンの台頭で業績が低迷し、昨年9月に日本の民事再生法に当たる連邦破産法11条の適用を申請して事業の売却先を探していたが、アマゾンに真正面から戦いを挑もうという買い手はとうとう現われず、事業の継続を諦めざるを得なくなってしまったのだ。
アマゾンの影響は日本市場が最大
これらはアメリカの動きだが、では気になる日本はどうなるのだろうか。アマゾンは日本でもやはりデストロイヤーあるいはディスラプター
なのか。それとも日本の小売店はアメリカ以上の踏ん張りを見せてくれるのか。
結論から言うと前者の可能性が高いと言わざるを得ない状況だ。
それを予感するような気がかりな調査がある。
イギリスのロンドンに拠点を持つ大手コンサルティング会社のプライスウォーターハウスクーパース(以下、PwC)が昨年夏、各国消費者の購買行動や意識を調べたところ「アマゾンが私たちの買い物行動や小売店の先行きに与えている影響は日本が世界で一番大きい」という事実が明らかになったのだ。
PwC は日本やアメリカ、ドイツ、ブラジルなど世界29国・地域のオンラインで買い物をする2万4471人に対してアンケートを実施した。
まず「ネット通販をしている人の中で、アマゾンで買い物をしたことがある人の割合」を訊ねたところ、調査対象国の平均が56%だったのに対し、日本では何と90%に上った。アマゾンの存在感は日本が世界でも突出しているのだ。
さらに「アマゾンの登場で小売店(リアル店舗)での買い物の頻度が減っている」という人は日本では39%に達し、調査対象国の平均28%を10 ポイント以上も上回り世界トップとなった。
ちなみに日本に次いで高かったのはアマゾンの本拠地であるアメリカで37%、3位はブラジルで35%、4位はドイツで34%だった。
付け加えればアマゾンは他のネット通販にとっても脅威になりつつある。PwCのアンケートでは「アマゾンの登場で他のネット通販での買い物の頻度が減った人の割合」は調査対象国の平均で18%に達した。「アマゾンでしか買い物をしない人の割合」も10%に上っている。
こうした消費行動や意識はすでに業績にも表れている。日本経済新聞社が今年6月下旬にまとめた小売業調査(2017年度)では、スーパーの売上高が前年度1.1%増、コンビニエンスストアが同2%増とともに微増だったのに対して、アマゾンを中核とする通信販売は11.2%と2桁の成長を遂げた。成長力の差は今や歴然としているのだ。
リアル店舗に起死回生のチャンスはあるか?
ではスーパーや百貨店のような小売店には対抗する術はないのだろうか。実はここに来てリアル店舗ならではの可能性を感じさせてくれるような成功事例が生まれている。スーパーや商業テナントビルが昨年以降、挑戦を始めたグローサラント(grocerant)と呼ばれる取り組みだ。
グローサラントとは、食品あるいは食品スーパーを意味するグローサリー(grocery)とレストラン(restaurant)を合わせた造語で、スーパーなどリアル店舗の店内で売っている食材でこしらえた料理を、店内あるいは店に隣接した直営のレストランで提供し、客は気に入ったらそれらの食材を買って帰れるという、イートインの一歩先を行く取り組みだ。
この試みが流通業関係者に注目されるようになったきっかけは昨年9月、東京・調布駅にオープンしたスーパー「成城石井 トリエ京王調布店」の成功だった。
「成城石井 トリエ京王調布店」には店内にレストランが併設され、ステーキやパスタ、ハンバーガーなどのメニューが供される。特徴
的なのはこのレストランで提供される食材の9割がスーパーの店内で購入でき、気に入った料理を自宅で作れるようにレシピカードも用意
されている点だ。
店頭に並ぶ食材をレストランで味わい、気に入ったらその食材を購入して自宅で同じメニューを作れる─そんな提案型の店づくりが奏功し、開業からの客数は今年7月時点で100万人を突破した。今では下は高校生から上は80代のシニア客まで訪れる人気店となっている。
グローサラントは今年4月、関西にも登場した。阪急オアシスはJR大阪駅の商業ビル、ルクア大阪内にスーパーとレストランが一体になった「キッチン&マーケット」をオープンしたのだ。
売り場にはハム、チーズの切り売りやマグロ解体などの演出が取り入れられ、隣接のレストランでは店頭に並ぶ食材で作った料理やデザートが供される。こちらも開業から3カ月で来店客数が50万人に達する人気店となった。実際、平日の昼下がりは子連れ客が目立ち、夕方にはワインと総菜を買ってちょい飲みを楽しむ会社員も少なくない。 なぜこの成功事例がリアル店舗の可能性を感じさせてくれるのか。
一言で言えば、ネット通販にはできないリアル店舗ならではの試みだからだ。
店内で売られている食材をレストランで味わい、気に入ったら自宅で作ってみる─グローサラントが提供するのは食材あるいは料理というモノだけではない。料理を楽しみ、家庭で同じ料理を作るのを楽しむという体験の提案だ。モノを媒介にしたコト消費すなわち体験や時間を楽しむ消費に他ならない。
これは質の高い食材をその場で提供し、旬や鮮度を五感で感じてもらえるリアル店舗だからこそ可能な価値の提供だと言えるだろう。
今やネットで買えないモノはないと言っても過言ではないが、コト消費に限ってはリアル店舗には勝てない。
もちろんグローサラントのような試みはまだ緒に就いたに過ぎない。しかしコト消費という切り口でリアル店舗の強さを深掘りしていけば、可能性はさらに広がっていくのではないか。
例えば百貨店なら店内で売っている洋服のファッションショーや楽器を使ったミニコンサートを開催したら面白いのではないか。ホームセンターの店頭に並ぶ工具や木工材料を使ったDIYコンテストも話題になるかもしれない。
また、それらの動画や画像をSNS(ソーシャルメディア)で拡散したり、店内にある食材を使った料理のレシピや音楽レッスンの風景
などをネットで配信したりすれば、集客にも結び付くだろう。
リアル店舗にはぜひアマゾンにはできないコト消費を充実させてほしい。それはまたエンジニアにも新たな挑戦の場を増やすことにつながるのではないだろうか。
(2018.10.4)